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赤毛の姫君 ~その弐 豪腕の剣士

あらすじ

『神速の剣士』アランは、幼馴染のレインを逃がすため、六賢老の一人である重力魔法の使い手グラフと戦い、敗れた。アランによって逃がされたレインもまた、アランに扮した魔法使いの一人に殺害され、彼女に成りすました魔法使いがリンド姫一行の中に紛れ込んだ。
一方、リンド姫たちは、エルヴィアの領内にいるというかつての仲間を探しつつ、追っ手から逃れようとする


その弐 豪腕の剣士
 
「遅くないか?」
 と、心配そうに言うゴルドは、がっしりとした体格の大男である。その腕は細身の女性の腰ほどあるのではないかと思うほどに太く、胸板も鉄板のように厚い。さらに、肩から頭部をつなぐ首もやたらと太く、実に頑丈かつ屈強そうな男である。しかも、無精ひげに、太い眉毛、岩のように角ばった輪郭、体のどの部分をとっても、美男子剣士アランとは対照的。それだけでなく、この熊のような男がまだ三十という若さであるから驚きである。
 ゴルドは、ルーク国の姫君、リンドを護衛している剣士である。その彼が、敵国エルヴィアの領地である、ここ、エジスタにいるのには訳があった。
 ルーク国が攻められた際、関所や砦をことごとく制圧され、街道や間道は封鎖されてしまい、国外に逃げることが困難となっていたのだが、その状況の中でリンド姫たちはエルヴィアに侵入することを決意した。というのも、よもや自ら敵地に飛び込む無謀な人間はいないだろうという心理を突いた、大胆な策に出たのだ。
 始めは、この作戦に誰もが反対であったが、案ずるより産むが易し、エルヴィアの兵は存外ずぼらで、簡単な変装だけでいとも容易く領内に侵入することができた。
 一行は、このままエルヴィアで最も大きい空港のある街を目指して進んでいたのであるが、潜伏先がエルヴィアの若き国王、アルフレッドに露見してしまった。そこで、すぐさまエジスタを離れようと、ルーク四剣士の一人であるアランと、従者のレインに馬車を連れてくるように頼んだのだが、その帰りがどうも遅い。
「うむ、確かに遅い。もう戻ってきてもいい頃だろう」
 美麗な女剣士が答えた。美しい顔をゆがませながら、片足を揺らし、いらいらとしているのがはたから見てもよく分かる。
「心配だな。俺が見てこようか」
「いや、こんな状況なのだから、あまりばらばらに行動はしないほうがいい」
 しびれを切らして立ち上がったゴルドを、ロッジが制した。
 と、外から断続的に乾いた音が聞こえてきた。石畳で舗装された道をかける馬の蹄音だ。
「戻ったか!」
 大声を上げると、ロッジが真っ先に一階の酒場へと駆け下りた。続いてゴルドも部屋を出て階段を降り、その後ろを残りの者達がついていった。
「レイン! アランはどうした!」
 一階に降りたロッジは、酒場の入り口で両膝をついたレインの姿と、彼女の両肩をつかんでいるロッジの姿を見た。
 酒場には深夜だというのにずいぶんと客がおり、それなりにざわめいているのだが、客達の視線が二人に向けられている。あれだけ大きな声を出せば、誰もが注目するのは当然といえる。
「何があったんだ?」
 レインの傍に寄ったゴルドが、片膝をついた。
「……あ、アラン様と馬小屋から馬車を出そうとしていたのですが、……突然、六賢老の一人だという男が現れて、……それで、アラン様が、隙を見て私を逃がしてくれて」
「六賢老だと……」
「……はい。アラン様は、私に、他の剣士たちを呼ぶように言って、それで、それで」
 レインは息も絶え絶えに、必死に説明する。
「分かった、わしはアランを助けに行くぞ!」
 アランがレインだけを逃そうとするほどのことだ。よほど余裕が無かったとみえる。それだけの者を相手にして、アランが無事でいられるとは思えず、ロッジが再び真っ先に飛び出していこうとした。
「待ちなさい、ロッジ」
 そのロッジを制したのは、リンド姫であった。弱々しく、気の小さそうな声であるが、同時にどこか凛然とした力強さがある。
「はやる気持ちも分かりますが、針子の話から察するに、敵は相当の手練。あなた一人が先走ったところで、返り討ちになるやもしれません。それに今この状況で戦力を分散させるのは得策とはいえません。馬小屋まで距離はそうないのですから、全員で行きましょう」
「うぐ、……ううむ」
「心配しなくても、もちろんアランを見捨てる気は毛頭ありません。シエル、あなたの影で馬小屋の様子を見てください」
「はい、リンド」
 シエルはすぐさましゃがみこみ、足元の影を懐から出した短剣で切り離し、闇夜に放った。
 
 街灯が全くついていない通りにある小さな馬小屋の前に、真っ白な雪道を赤く染め上げるアランの死体があった。
「……一足遅かったか。たった一晩で、ルーク四剣士のうち二人が殺されるとは」
「ううむ、それも神速のアランがだぞ。これはいよいよまずいことになったのう」
 と、ゴルドとロッジの二人は動揺を隠せないでいた。
 アランの死体の傍ではレインが泣きじゃくっており、慰めるように彼女の肩を抱いているシエルは、アランの死に自分の兄を重ねているのか、静かに涙を流していた。そしてそのシエルの背後に、亡霊のような兄シルトの黒い影が、まるで悲しみにくれる二人を天から見下ろすように立っている。
「エレナ。馬車は無事か?」
 ゴルドが声を張り上げて、馬小屋の中にいるエレナを呼んだ。
「ああ、馬も一緒、全くの無傷だ。今出すよ」
 と、馬小屋の中からエレナの声が聞こえてきた。
「ここにいてもいつまた襲われるか分からないし、エジスタから離れたほうがいいな」
 エレナの声を聞いたゴルドは振り返って、リンド姫に目で指示を仰いだ。
「……」
 リンド姫は腕を組み、指をあご先にあて、何か考え込んでいるようで、ゴルドの声が聞こえていない様子であった。
「リンド?」
 ゴルドがリンド姫の肩に触れると、リンド姫は、はっと我に返った。
「……ああ、ごめんなさい。ちょっと気になることがありまして」
「気になること?」
「ええ……」
 リンド姫は眉間にしわをよせ、真剣な面持ちでいる。
「ともかく、今は安全な場所に向かうことが先決ですね。では、すぐさまエジスタから出て、トールへと向かいましょう」
 さすがにアランの死体を載せた状態で関所を通るわけには行かず、泣く泣く彼を置いていくことになった。とはいえ、路上に放置したのではなく、馬小屋の主人を叩き起こし、路銀として持ってきていた宝石をいくつか渡した上で、早朝に葬儀屋を呼ぶようにお願いしたのだ。
 そして、全員が馬車に乗り終わると、ゴルドは手綱を持って馬を走らせた。
 日付は既に変わっている。寝静まった街に、馬の蹄と馬車の車輪の乾いた音を響かせながら、ゴルドは街の出口へと向かった。
 奇妙なことに、道中では全くエルヴィア兵を見かけなかった。のみならず、門前を警備している兵からも特に質問もされず、すんなりとエジスタから出ることができた。
 夜が明けるまではまだずいぶんと時間があるが、その分、星がくっきりと見える。それに、街と街をつなぐ道には特別な発光石が埋め込まれているため、雪道であろうと、夜間で道に迷うことは無い。
 ひたすらに馬車を西に進めていると、次第に先の見えない眼前の闇が薄くなり、夜が明けてきた。そうすると、背後からの日の光を浴びるゴルドの目の前には、長く薄い馬車の影が見える。ゴルドはその影を見ながら、日に背を向けて、まるで自ら闇の中へと突き進んでいるように思えた。
 
 エジスタから西に半日進んだところにある、トールという街には、正午を少し過ぎた頃についた。普段、外に出ないリンド姫や従者が馬車の移動にあまり慣れていないということと、今のところ唯一の移動手段となっている馬たちを休めるために休息を間に挟んでいたのだが、ほぼ考えていた通りの時刻には街に入れたことになる。
 トールに入ると、街中は馬車での移動が困難なほどにぎわっていた。というのも、この日から翌日にかけて、とある歴史上の偉人の生誕を記念している祭りがあるのだという。
 街中のいたるところに簡易的な装飾が施され、偉人に仮装した人が歩き回り、ずいぶんと華やかで活気があった。
 ただ、こう人が多いと、宿がとれるか心配になるのだが、幸い思っていたよりも早めに馬車のある宿を確保することができた。そうして部屋で一息ついていた時のことだ。
 窓際でから外を眺めていたリンド姫が、ふと、
「にぎやかですね」
 と、呟いた。確かに、三階建てのこの部屋にまで、祭りならではの喧噪が聞こえてくる。
「お祭りに行ってみません?」
 こんな時にというべきか、こんな時だからこそというべきか、そう言ったのはレインであった。
「どうする、ロッジ? ジュウゾウの行方を捜さなければならないし、かといって、アランのこともあるし、ばらばらになるわけには行かないわけだから、全員で行動したほうがよさそうじゃないか?」
「ううむ……」
 と、ゴルドに言われてロッジは唸った。ロッジにしてみれば、これ以上リンド姫を危険に晒すことには不満があるのだが、唸りに唸って、全員で行動するのであればということで妥協した。
 馬車の中からのぞいた風景と、歩いて街を眺めるのとでは、また景色はガラッと変わるものである。街の中でも、商店街や、繁華街、教会へと続く道は、人であふれていた。
 この中から特定の人物を探そうと思うと、骨が折れることであろうが、リンド姫たちからすれば格好の隠れ蓑となる。もっとも、ここではぐれると自分達も互いを探しにくくなるだろう。そこで、はぐれた場合は教会で合流するということにした。教会がどこにあるのかがすぐに分かるように、教会の鐘楼よりも高い建物を建ててはならないという取り決めがあるため、教会が目印に丁度良かったのだ。
 街を歩いていると、大道芸人をよく見かける。彼らからすれば、普段よりも人が多いということは普段よりも収入が見込める、年に数回の貴重な行事なのであろう、ここぞとばかりにいたるところで大道芸が繰り広げられている。
「ありがとうございます、ゴルド」
 ゴルドにだけ聞こえるようにリンド姫が礼を言った。とはいえ、これだけの喧噪なのだから、普通の声で話していてもそばに居るものにしか聞こえないし、現に他の剣士や従者達には聞こえていなかった。
「何がだ?」
 唐突な言葉にゴルドは少し驚いたようにリンド姫を見下ろした。
「外に出させてくれたことですよ。ロッジのことですから、きっとジューゾウの行方が分かるまで、きっと宿から出られませんでした」
 と、そういう彼女の声と表情の微妙な変化を、ゴルドは見逃さなかった。
「……昨晩のことが気になるのか?」
「それもですけど……。妙じゃないですか? これだけ時間が経っているのですから、この街を警備しているエルヴィア兵にアルフレッドの連絡がわたっていてもおかしくないでしょう? なのに、私たちを捕らえようとするエルヴィア兵の姿は全く見えませんし、現れたのは六賢老の内、一人だけです」
「確かにそうだ」
「五年ほど前にウローブル(ルーク国の首都)に国家転覆を狙う賊が現れたときのことを覚えていますか?」
「覚えているさ。真夜中だというのに、俺も出払って……ああ、なるほど」
 そこでゴルドも気になった。今の自分達は、エルヴィアから見れば国家転覆を目論む賊に他ならない。しかも、その賊がエルヴィアの首都ハイリットのすぐ近くまで来ているのだから、普通はすぐにでも賊を捕らえようと行動を起こすはずである。だというのに、相手はアラン一人を狙い、レインを逃がしてしまうという手際の悪さ。
「なんだか変です。アルフレッドは何を企んでいるのでしょう」
 リンド姫が身震いをした。寒さのせいではなく、アルフレッドの行動や考えが読めず、その不自然さに違和感を覚えたからである。
「例えば、ほら、戴冠式が終わったばかりだというのに、もうルークの人間が国内に侵入しているってのはまずいだろ? だから王としては秘密裏に暗殺しておきたいとか」
「……」
「それか、場所が場所だからな、エルンを目指しているのか、ハイリットを目指しているのかを見極めるためにアランだけを殺したとか」
「……」
「そもそも、あまり考えても仕方がないと思うぞ」
「え?」
 ゴルドは彼女の性格をよく知っている。思慮深く、洞察力に優れ、どんな些細な矛盾や不審点も見逃さないのであるが、彼女にとってはそれが時として短所となりえるほど、深く考えすぎてしまう。そして、一度考え始めると、延々とあらゆる可能性を探しつづけてしまうため、そのような状態になった彼女を止めるのは、ゴルドの役目でもあった。
「とにかく、リンド姫が安全になるまで護衛する。敵が誰であろうと、何を企んでいようと、守りきる。それでいいじゃないか」
「……うう、昔から思っていましたけど、あなたは考えなさ過ぎて時々おそろしいです」
「はっはっはっ、何を今さら」
 周りの人間からすれば、あまり表情を変えないことから、何を考えているのかよく分からないと思われがちなのだが、ゴルドはリンド姫と対照的に物事をあまり深く考えない男である。ただし、それは全く何も考えないという訳ではない無鉄砲な人間という意味ではなく、必要最低限以上のことを考えないということである。
 この考え方が全く違う二人が出会ったのは、ちょうど十年前のことであった。ゴルドは当時、ガタイの良さや持ち前の腕力を買われて、リンド姫の護衛の一人として雇われた。
 リンド姫との顔合わせの日、ロッジと共にいる彼女に始めて会い、依頼十年間もの長い間、彼女と共に過ごしてきたのだ。それだけに、二人は互いのことをよく理解しあっている。例えば、ほとんどの者は、ゴルドの高い身長、鍛えあげられた強靭な身体、そして無骨そうな顔に気圧されてしまうことが多いのだが、リンド姫はゴルドが動物好きで、案外やさしい男であるということを知っている。ゴルドも彼女が普段、凛然とした態度で身分の高い人間らしく振舞っているが、本当はずいぶんと気が弱くいということを知っていた。
「少しは後先のことを考えて行動したほうがいいと思いますよ」
「そうかもな。だけど、時には難しく考えずに気楽にやることも大事だと思うぞ」
 と、二人は恋人同士のように、無邪気に微笑んだ。しかし、それは実際のところ、恋仲にあるのだから当然といえる。
 とはいえ、ゴルドが平民出であるため、身分に差がありすぎ、かなわぬ恋である。たとえルーク四剣士の一人となったとしても、身分差を埋めることはできないということだ。
 だから、二人は互いの気持ちを分かっていたとしてもその事には触れることなく、せめてこうして共にいられる時間を大切にしようとしていた。
「ゴルド……。あなたは私のことを守ってくれますか?」
「あなたに誓って」
 と、言った後でそれがどれだけ恥ずかしい台詞であったかを考えてしまい、二人して照れくさそうに微笑んだ。
 
「おっ! あれじゃないか?」
 ゴルドとリンド姫の前を歩いていたエレナが、少し先に見える鍛冶屋の看板を指差しながら、声を張り上げた。
「うむ、確かにあの店が先ほど宿で聞いた、この街で一番の鍛冶職人のいる鍛冶屋のようだな」
 と、後方のロッジが、人ごみの喧噪に負けないぐらいの大声で返事をした。
 街一番の鍛冶職人がいるという割には、ずいぶんと寂れた、小さな鍛冶屋であった。窓から中の様子を伺うと、営業はしているようであるが、人の姿が見当たらない。
「ジュウゾウがここに来たかは分からないが、あいつのことだ。どの街でも少なし、一度は鍛冶屋を訪れたはずだ」
 ロッジがそういうと、
「そういえば、なぜジュウゾウという男は鍛冶屋を巡っているのだ? 傭兵なら、いつまでもエルヴィアにいないで、早々に他の戦地に行きそうなものだと思うのだが」
 エレナはジュウゾウの話を聞いたときから思っていた疑問を投げかけた。
「昨晩アランが言ったようにジュウゾウはな、それは変わり者で、見た目や格好だけでなく扱う道具も普通じゃなかった」
「確か、曲刀使いと言っていたな」
「そうだ。どうもその剣の製法が特殊らしくてな、作れる人間が少ないらしい」
「ほう……。それにしても面倒な物を欲しがる男だな」
 そういいながら、エレナは鍛冶屋の扉を開いた。
 店内は、昼間だというのに薄暗く、祭りで騒がしい外と比べると物静かである。それだけでなく、どうも外のほうが暖かく感じるほど、店内は肌寒い。鍛冶屋というだけに、剣作りで冬でも暑いぐらいが普通のはずだが、こうなると営業しているのかが怪しくなってくる。
「だれかおらぬか」
 と、エレナが声を張って呼ぶと、奥から階段を下りる足音が聞こえてきた。
「ゴルド、外を見張っていてくれ」
「おう、分かった」
 ゴルドが外に出たちょうどその時、店主が店の奥から現れた。背の低い、小柄な老人である。
「いらっしゃいませ。何かご用でしょうか? 見ての通り、うちはこんな年寄りがやっておりまして、そろそろ店を畳むところでございます」
「いや、わしらは客として来たわけではないのだ」
 はあ、と店主は不思議そうな顔をしながらロッジを見上げた。
「実は人を探しておってな。ここに見慣れぬ姿をした男が来なかったか?」
「そうですねえ。見慣れない姿と言えば、数日前に長い髪を束ねた無精髭の、不思議な格好をした剣士様が
来られましたが……」
 それを聞いたロッジとエレナは雷に打たれたような衝撃が全身に走った。
「そうだ! まさしくその男だ! その男は今どうしている?」
 と、ロッジは少々興奮ぎみに大声をあげた。
「その剣士様に、自分の持ってきた剣と同じものを作って欲しい、と言われたのですがね。出された剣がこれまた面妖な曲刀でして……」
「ほう! それで?」
「まあ、私なんぞには到底作り方が分からないものですから、他を当たってくれと言ったのですよ」
「その男がどこへ向かったか分かるか?」
「ええ、もちろん。実は私、似たような曲刀を作れる鍛冶師を以前見たことがありましてね。その鍛冶師が北のゼズスにいると教えたのですよ。そうしたら、店を飛び出して行きましたので、今頃ゼズスにいるのではないかと思いますよ」
 やはりジュウゾウは鍛冶師の街にいる。アランの予想は当たっていたのだ。
「よし、なるべく早くにここを出てゼズスに向かおう」
 と、エレナは意気込んだ。
 
 見張っておけとは言われたものの、鍛冶屋の向かい側の店に人だかりができている以外に、特別なことはないし、その人だかりも大道芸を見るためのものであるため、ゴルドは少々手持無沙汰になっていた。
 と、ゴルドの背後にある鍛冶屋の扉が開いた。
 ゴルドは、話が終わったのかと振り返ったのだが、そこにいたのはリンド姫だけであった。
「どうした?」
「いいえ、なんでもありません」
 そういうと、彼女はゴルドの隣に立ち、同じように正面を向いた。
街を行く人々を眺めると、家族と歩いていたり、恋人と歩いていたりと、誰もが幸せそうな笑顔でいることが分かる。
「ねえ、ゴルド」
 ゴルドはリンド姫の方を見ず、しかし意識を彼女に向けて耳を傾けた。
「もしもの時は、私を捨ててでも生きてください」
「急にどうした?」
「なんだか悪い予感が来るのです」
「悪い予感?」
 ふと、彼女を見てみると、深刻な表情でうつむいていた。
「ええ……。たぶん私の考えが正しければ――」
 と言いかけて、鍛冶屋の扉が開いた。
「やっぱりアランの言っていた通り、ジュウゾウは鍛冶師の街にいるらしいぞ」
 鍛冶屋から出たエレナは、目的地が決まったことで意気揚々としていた。
「そうですか。今日はこの後ゆっくりと休んで、明日ここを発つことにしましょうか」
 気づくと、リンド姫の表情には先ほどの陰りが無い。それを不思議に思ったゴルドが、
「さっきの話だが――」
 と、続けようとした。
「後で話します」
 しかし、リンドはそう返した。他の皆に聞かれたくないのだろうと、ゴルドは考え、それ以上訊こうとはしなかった。
 そうして宿に帰るために来た道を戻っていると、
「さあさあ! 今日はあなた達にこの世の物とは思えない、素晴らしいものをお見せいたしましょう!」
 と、威勢のいい声が響いた。
 見ると、二人の大道芸人が何かを始める様子であった。大道芸人は二人とも、ぼろ布のようなローブを身に纏い、そのローブについたフードを深々とかぶっている。一人は長い杖を手に持っていた。
 なんだなんだと、あっという間に大道芸人の周りを通行人が囲んだ。
「ううむ、困ったな」
 ゴルドがそう呟いたのも無理も無い。彼らは人の波に飲まれ、いつの間にか見物人たちの最前列にいたのだ。身長の高いゴルドだからこそ分かるのだが、後ろを見渡すと、ずいぶんと人が集まっている。誰もはぐれることが無かったことが唯一の救いであるが、大道芸が終わるまで、ここから離れられそうに無かった。
「さてさて、それでは皆さん。よろしいでしょうかな?」
 大声で客寄せをしている大道芸人が、フードを脱いだ。あご髭と口髭を適度に蓄え、洒落た片眼鏡をかけた、どこと無く気品のある男であった。
「ではでは。ここにいますは奇跡の魔術師。人を瞬時にして消してしまう不思議な魔法を使う男にございます」
 と、紹介された隣の男は、フードをかぶったまま、お辞儀をして見せた。
 本当に消せるのだろうか、消される側もグルだったりして、などと見物人たちは誰もが男の言っていることを信じられないようでいた。
「まあまあ、信じられないのも無理はありません。それでは実際に消してご覧に入れましょう!」
 すると、フードをかぶった男が、手に持っている杖を地に突き立てた。
「え?」
「な!」
 かつり、と石畳を突く音が聞こえたその刹那、ロッジとエレナの足元に丸い穴が開いた。
 そして、二人はそのまま穴の中に落ちてしまい、姿を消してしまった。
はっとそのことに気づいたゴルドが二人の方を見ると、穴は既に塞がっており、ただ舗装された石畳だけがある。
周りから見ると、まさに一瞬にして姿を消してしまったように見えることだろう。
「まさか!」
 おお、と見物人たちが驚いたと同時に、拍手喝采の嵐が巻き起こった。
「まさかこの二人は六賢老か!」
 そう口に出すよりも速く、ゴルドはリンド姫を自分の後ろにやり、剣の柄に手をかけた。
 ゴルドが剣の柄に触れたのと、ほぼ同じとき、片眼鏡の男が口を異様なまでに大きく開き、そしてこの世の物とは思えないような、恐ろしく高く、実に不気味な音を吐き出した。
 ゴルドは己の目を疑った。
 先ほどまでいた人の群れが、いやそれだけでなく通行人たちの姿さえ消えてしまい、祭りで賑わい、生き生きとしていた街が、死んだように静まり返っている。
 今、世界にいるのはゴルド、リンド姫、シエルにレイン、そして目の前にいる大道芸人だけである。
 ふと、ゴルドは杖を持った男が消えていることに気づいた。一対一でならと思いはしたが、三人の女性達を守りながら戦うのには、さすがに少々無理がある。
「シエル、頼めるか」
 ゴルドは剣を抜いて、構えた。
「任せてください」
「頼んだ」
「ゴルド、私を守るのはあなたなのではないですか」
 分かっていても、リンド姫は悲痛な声でそう叫んだ。
「……すまない」
 ゴルドはただ一言だけそういうと、それ以上何も言わなかった。
「行きましょう」
 シエルがリンド姫の腕をつかみ、引いた。そして三人はその場を後にした。
 
「ううむ! まずい! まずいぞ!」
 と、ロッジは叫んだ。祭りの中心地から少々離れているのか、人通りがまばらである。
 ロッジはすぐさま懐からこの街の地図を取り出すと、太陽と教会の鐘楼の位置を確認し、自分の現在地が大体どの辺りかを予測した。
 そして、一度、分かりやすい通りに出ようと振り返ったときであった。
 目の前に、人のよさそうな笑顔の、丸々と太った老人がいた。
「ほっ。ジンのやつめ。ワシのほうには従者を寄越しおったの」
 笑顔とは裏腹に、大きな腹を揺らしながら近づいてくる老人から尋常ではない殺気をひしひしと感じ、ロッジは警戒した。
「ご老人。もしや、六賢老の一人か?」
「ほっ、いかにも。ワシは六賢老の一人、『重力のグラフ』」
「重力? ほう、重力使いか」
「そうだのう。いかな剣士といえど、ワシの魔法にかかれば、手も足も出ぬ。それはお主も同じだ」
「なるほど、一筋縄ではいきそうにないな。……時にご老人、足の速さに自慢は無いか?」
 不思議なことを言う、とグラフは首をかしげた。
「ほっ。見ての通りだ。それがどうしたのかの」
「なら安心だ」
 そういうと、ロッジはグラフに背を向け、脱兎のごとく、一目散に逃げだした。
 さすがにロッジが逃げ出すことばかりは予想していなかったからか、グラフはしばらく口をぽかんと開けて呆けていた。はっと我に返ったときには既に遅く、追いかけようにも、魔法をかけようにも、ロッジはずいぶんと遠くまで逃げていた。
 大通りに出て、鍛冶屋の近くまで戻ろうとしていたロッジは、走っている途中、遠くでなにやら轟音が鳴ったことに気づいた。他の剣士たちも六賢老に襲われているのかもしれない、と考えたロッジは、音のした方に向かって走り出した。
 
 どっとエレナはその場にしりもちをついた。
 自分の足元に穴が開いたところまでは覚えているのだが、一体何が起きたのか、エレナは性格には把握できていない。
 エレナは立ち上がって埃を払うと、辺りを見回した。祭りの中心から離れた場所にいるのだろう。今までと違って人通りがまばらであった。
 建物の間から教会の鐘楼が見える。太陽の位置と、鐘楼の見える位置からして、先ほどまでいた場所からずいぶんと離れたところにいることが分かる。
「私としたことが、不覚だな」
 周りには仲間が一人もおらず、まんまと離れ離れにされたのだと気づくと、エレナは焦燥感に囚われた。この様子なら、ロッジとゴルドも別々の場所に飛ばされたことだろう。そう思うと、エレナは最悪の場合を想定してしまい、平常でいられなくなっていたのだ。
 そうしてすぐにでも皆の下に戻るために駆け出そうとしたときであった。
 眼前に一人の男が佇んでいるのが見える。エレナは、その男のぎらぎらとした眼から並々ならぬ殺気が放たれていることに気づき、足を止めた。
 頭に上っていた血が一気にさめたような気分だ、とエレナは感じた。
「その方、六賢老の一人とお見受けしたが、いかに」
 と、エレナは凛然たる態度で、命令するような口調で男に声をかけた。
「いかにも……。そういうお前は『知略の剣士』だな?」
 男はにたりと笑い、悪臭のしそうな黄色い歯を見せた。
「……」
 エレナはしばらく考え、
「……人違いだと言ったらどうする?」
 と、言い返した。
「かっかっかっ! 腰に剣を差してよく言う!」
 大声で笑いながら、男は襲い掛かってきた。
 見たところ、男は丸腰に見える。
 エレナは腰から剣を抜くと、突進してくる男を斬り捨てようと構えた。
 と、迫り来る男の姿に違和感を覚え、エレナは思わず男の突進をかわした。
 猪のように急に止まれないのか、男はそのまま近くの家にその身体をぶつけ、石造りの壁に大きな穴をぶち開けた。
 そして、エレナは男の身体を見て驚愕した。と、同時に、彼女の感じた違和が目の錯覚や気のせいなどではないことが分かった。
 男の身体が、現れたときよりも遥かに大きくなっていたのだ。
「……名を聞こう」
 エレナは依然、高圧的な態度でいる。が、それは焦りや恐れを隠すためにである。
「六賢老が一人、『強化のスルト』!」
「強化だ? お前の魔法はただ身体を大きくするだけか? ずいぶんと変わった魔法使いもいたものだな」
「かっかっかっ! だが、『知略の剣士』ごときには負けないぞ! 知略だけでは圧倒的な力に勝てないということを教えてやる!」
 そして、スルトの身体はさらに変化した。筋肉の一つ一つがぶくぶくと歪な形に変わり、膨らんでいくのだ。
 左腕は右腕よりも肥大化し、腕というよりも巨大な槌の形となった。まるで一本の丸太を抱えているように見えるが、ぼこぼこと血管が浮き出ており、皮膚がはちきれんばかりに真っ赤に充血しており、限界まで筋肉を膨らましたのが分かる。
 そして、右腕はというと、対照的にずいぶんと細いのだが、まるで出来損ないの鎌のような形に変化している。
 頭部にいたっては、それらの変化の副作用なのか、蛙と馬を合わせたような薄気味悪い形となっている。
その姿は、もはや化け物としかいいようがなく、なんとも不気味な光景であった。
「美しくないね」
 エレナはそういうと、髪をかきあげながら剣を構えなおし、間合いをあけた。
 スルトは、エレナがこちらの出方を伺っているのだと気づくと、近くにある街灯を引き抜き、エレナめがけて投げ飛ばした。
 飛んできた街灯を避けたエレナは、そのままスルトの懐に入った。
 スルトの上半身はこの世の物とは思えないような変身を遂げているが、下半身は全くもとの通りである。
 狙うは足。と、エレナは渾身の力でスルトの足に斬撃を入れた。
「ぐう!」
 苦痛に顔を歪めたのは、エレナのほうであった。
 がしゃりと鈍い金属音を立てながら、剣が地に落ちた。
 岩に斬りかかったのではないかと思ってしまうほどに、スルトの身体は硬かったのだ。見ると、全身を鋼鉄の鎧で包んでいるかのように、身体の隅々までが金属へと変化しているのだ。
「かっかっかっ! いくらルーク四剣士といえど、所詮は女、他愛も無い!」
 そういうと、スルトは足元にある剣を、その巨大な槌である右腕で叩き潰し、ついでにエレナを突き飛ばした。
 地面に叩きつけられた衝撃で、意識が飛びそうになったが、何とか持ちこたえ、エレナはスルトに殴られた腹部を押さえながら、前かがみにゆっくりと立ち上がった。彼女の長い栗色の髪がさらりと流れた。いくら土と埃、激痛と絶望に塗られようと、その顔が美しいことだけは変わらない。
「ふむ」
 と、スルトが動きを止めた。
「殺すには惜しいほどの女だな。アルフレッド王が何故、この女ではなく、ルークの姫君をご所望なのかは分からぬが、……ふむふむ」
 スルトがぶつぶつと独り言を言っている間に、エレナは腰に差していた二本目の剣を抜いた。二本目の剣は一本目よりか幾分か短く、むしろ短剣と呼んだほうがいいだろう。主兵装である一本目に対する副兵装ということだ。
「おい女」
「……」
「俺の女になれば、命は助けてやろう」
「……」
 予想もしていなかったスルトの言葉に、エレナは唖然とした。同時に、あまりにもあきれて声も出なかった。
「俺の女になれ。そうだな、手始めに俺の身の回りの世話をさせてやろう。もちろん夜の世話もの」
 そういわれて、エレナは顔を真っ赤にさせ、顔をしかめ、鬼のような形相で激昂した。
「ふざけるな! 私を誰だと思っている!」
 と、怒りをあらわにしたエレナの口調が、普段よりもきつくなる。
「誰がお前なんぞの女になるか! 二度とそのような下らぬことがきけぬよう成敗してくれる! そこへ直れ! この痴れ者が!」
「かっかっかっ! 怒りに染まったその顔も、実に美しいな」
 言われたエレナは遂にスルトに斬りかかった。
 その瞬間であった。
「待てい!」
 大砲のような怒鳴り声が、スルトの背後から鳴り響いた。
「誰だ!」
 スルトが振り返ったその刹那、彼の顔面に一本の酒瓶が飛び込んできた。
 瓶が割れ、スルトの頭は酒で濡れた。
「ロッジ! 無事だったか!」
 と、エレナが叫んだ。
「……ロッジだと?」
 一度エレナのほうをちらと見たスルトは、再びロッジの顔を見た。
「ま、まさか! お前、あのロッジか!」
「おっ? わしの事を知っているのか?」
「……現ルーク四剣士を鍛えたという、元『策士の剣士』ロッジだな?」
「ほう、よく知っておるのう。その通りだ。正解した褒美をやろう」
 と、ロッジは手に持っている四本の酒瓶のうち、三本をスルトめがけて放り投げた。
 スルトはそれを右腕で払い、二本を叩き落した。が、一本はまたスルトの頭部にぶつかり、酒をぶちまけた。
「なんのつもりだ!」
 スルトが怒鳴った。さすがに挑発のようなことをされて黙っているスルトではなく、巨体を揺らしながらロッジに近づいた。
「ロッジ! 気をつけろ! そいつの身体は鋼のように硬いぞ!」
 ロッジは腰の剣に手を伸ばさず、懐から小さな箱を取り出した。箱はマッチ箱であった。
「なんのつもりと言われても、こうするつもりとしか言えぬ」
 そういうと、ロッジはマッチに火をつけ、コルクの代わりに詰めている紙に火を移した。
 それを見たスルトは、背筋が凍った。
 先ほど、自分は何をかぶったのか、この男はこれから何をするのか、一瞬のうちで自分がされようとしていることスルトは気づいた。
「ほれっ」
 と、ロッジが火のついた酒瓶をスルトに向かって投げた。
 その瞬間、どおと大きな音を立てて、スルトの姿が消えた。
 瓶が地面に叩きつけられて割れたのとほぼ同時に、近くの建物の屋根の上に巨体が大きな音を立てて着地した。
「さすがにルーク四剣士を二人相手にするのには無理があるか。……ふん、時間は稼げたわけだし、これでいいだろう」
 そして、スルトはその場から姿を消した。
「無事か」
 ロッジがエレナのもとに駆け寄った。
「ああ、無事だ。それよりも早く皆のところに戻らないと」
「そうだな。急ごう」
 そして、二人の剣士もその場を後にした。
 
 三人の女性達の足音が聞こえなくなるまで、ゴルドと大道芸人は微動だにしなかった。ゴルドは大道芸人の出方を伺っているのだが、大道芸人は余裕そうな笑みを浮かべるばかりであった。
「やれやれ、彼女達は行ったようだな」
「何? わざと逃がしたのか?」
「いや何、実を言うと私は君の全力を見てみたくてね。だけど彼女達がいると君は力を出し切れないだろう? だから逃がしてやったのだよ」
 そういいながら、大道芸人はにやにやと不気味な笑みを浮かべながら、あご髭をなでている。
 一見すると隙だらけであるが、ゴルドは中々仕掛けられずにいた。先ほどの妙な魔法の事もあり、何をされるかが分からないからだ。
「……お前は六賢老の一人か?」
 そういうと、ゴルドはじりじりと間合いを詰め始めた。
「いかにも! 六賢老の一人、『幻術のハルス』と申します。そういう君は、……『豪腕の剣士』だね?」
 対して、このハルスという男は、以前、へらへらとしているだけで、特に動く気がなさそうに見える。
「ふん。周りの人間が言うだけだ。自分でそう名乗っているわけではない」
「そうかいそうかい。まあ、それはいい。しかし、いかに君が『豪腕』だからとて、君のその剣は私を斬ることはできるだろうか?」
 ハルスは近くにあった街灯に寄りかかると、ゴルドを挑発した。
「なんだと?」
「ひとつ予言をしよう。君は私の身体に傷ひとつつけることなく、息絶えるだろう」
「言ってろ!」
 と、ゴルドが斬りかかった。ごお、と剣を振ると突風のような風圧が巻き起こり、ハルスが寄りかかっている街灯ごと袈裟がけに斬った。
 すると、街灯がまるで竹を切るようにすぱっと斬られ、地面に倒れたときに鈍い音を立てた。しかし、ハルスの身体には特に外傷が見当たらず、本人もあご髭を触りながら笑っている。
 ゴルド自身、予想していなかった事態に狼狽していた。確かにそこにいるはずだというのに、このハルスという男を斬ったとき、手ごたえを感じなかったのだ。
「やれやれ、恐ろしい怪力だな、君は」
「……幻術か」
「さてさて、どうだろうか」
 ハルスは斬り倒された街灯を片手で軽々と持ち上げると、まるで槍を持った槍兵のように街灯を自在に操って見せた。
「……これも幻術か」
「さてさて、どうだろうか」
 ハルスが街灯を大きく振り、そしてゴルドの胸を貫こうと凄まじい速さで穿つ。ゴルドはこれをかわすと、一閃、二閃、と街灯を斬り落とした。
 街灯を斬るときには手ごたえがある。だが、懐に入ったゴルドがハルスの身体を斬りあげようと剣を振ると、まるで実体が無いかのように剣がハルスの身体をすり抜けた。
 それと同時に、ゴルドは顔を歪めた。胸に強烈な激痛が走ったのだ。
 見ると、短いナイフが胸に刺さっていた。
 と、遠くから人の声が聞こえてきた。何を言っているのかはっきりとは分からないが、複数の人間が何かを言っているように聞こえる。そしてその声は次第に大きくなり、ゴルドはそれが道を行く人々の喧噪であることに気づいた。
 はっと我に返ると、先ほどまで姿を消していた見物人達がいる。今まで一体どこに隠れていて、いつ戻ってきたのか。いや、今はそれが問題ではない。
「ゴルド!」
 リンド姫の悲鳴が聞こえた。
 そこで、ゴルドは初めて目が覚めたように意識がはっきりとした。
 胸には依然として深々とナイフが突き刺さっている。
 目の前には六賢老の一人、ハルス。
 傍にはリンド姫、シエル、レインの三人。
 そして、彼らを囲む見物人達。
 ゴルドはふと、剣を手に持っていないことに気がついた。剣は鞘の中に収められており、まだ抜かれていなかった。
「そうか……。全部、幻術か……」
 ハルスは何も言わない。ただ、不気味な笑みを浮かべながら、膝を突いたゴルドを見下ろしている。
 だが、ここで死ぬわけにはいかない。三人を守らなくてはならない。リンド姫を守らなくてはならない。ゴルドは全身から出せるだけの力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がると、腰に差している剣を抜いた。
 それを見た見物人達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
 既に意識が朦朧とし始めているゴルドは、懐からゴルドの胸に刺したものと同じナイフを取り出して近づいてくるハルスから、なんとか三人の女性を、せめてリンド姫だけでも逃がそうと、震える手で重たい剣を構えた。
「ゴルド!」
 と、ハルスの後方から声が聞こえてきた。
 ロッジとエレナが戻ってきたのだ。
 二人の姿を見たハルスは、舌打ちをして、その場を去った。彼からすれば、ルーク四剣士の一人に致命傷を負わせただけでもよしとしたのだろう。
 ハルスが路地裏に逃げ込み、姿を消したのを確認すると、ゴルドはその場にどおと倒れた。
 リンド姫が倒れたゴルドを抱き起こそうとするのだが、さすがに彼女の腕力ではゴルドの上半身すらなかなか持ち上がらない。
「いや! ゴルド! 死なないでゴルド!」
 と、リンド姫は悲痛な叫び声を上げながら、ゴルドの身体を揺らした。ゴルドの身体は冷たくなりつつあるが、それは何も真冬の寒々しい風が体温を奪っているだけでない。突き刺さったナイフから流れ出ているのは血だけではなく、同時に体温も流れているようにも思える。
 ゴルドは、何も言わずに、そのままリンド姫の膝の上で目を閉じた。
 
「ロッジ、どうすればいいと思う」
 リンド姫がゴルドの傍で泣きじゃくっているのを見て、エレナは言った。
「どうするもこうするもない。もはや手詰まりだ。どういうわけか、連中にこちらの行動が筒抜けのようだ。どこに行こうともはや逃げ道はない」
「……」
「エルンの空港を目指していようと、おそらく結果は同じであっただろうな。かくなる上は、アルフレッド王に下るほかあるまい」
「それはだめです!」
 他でもない、リンド姫が叫んだ。
「それでは剣士たちの死が、ゴルドの死が無駄になります」
「しかし、生き延びなければ同じこと」
「だから、このままハイリットへ向かいましょう。たとえ刺し違えてでもアルフレッドの首を取るのです」
 リンド姫の安全をまず考えるロッジには、到底賛成しかねるものである。
「ロッジ、私に考えがある」
 エレナが言った。
 大体エレナの言うことはろくでもないことであると、今までの経験上、ロッジは思ったのだが、とりあえずは聞いてみることにした。
「皆はこのままハイリットへと向かってくれ。私は一人、先行して鍛冶師の街ゼズスへと向かい、ジュウゾウを探しに行く」
「馬鹿なことを」
「ジュウゾウを見つけ次第、私もハイリットへと向かう。シエルの影を私につければ、合流することは容易かろう」
「……」
「それに、シエルの影があれば、私の生死も分かるであろう。もし私が六賢老に襲われ、命を落としたならば、大人しくアルフレッドに下る。……それでどうだ?」
「……だめだ。危険すぎる」
「危険は承知の上だ。それに、もう他に手はないと思うが?」
「……ロッジ、その方法で行きましょう。何よりも、このまま何もしないで全滅するより遥かにいいはずです。最後まで抵抗しましょう」
 と、涙を流しながら、リンド姫が懇願するような眼差しで、弱々しくそう言った。
「分かった。……必ずや、ジュウゾウを」
「ありがとう、ゴルド」
 そして、エレナはこの街で一番速い馬を一頭買うと、怒涛の勢いで鍛冶師の街ゼズスを目指した。





結局、原稿は見つからなかったので
時間を見つけて加筆修正しながら載せようかと思う
最初の予定では、リンド姫と剣士エレナが入れ替わっていて、リンド姫の代わりに剣士エレナがアルフレッドを討ち取るというストーリーにする予定だったけど、途中から「あ、これは小説でやるには難しすぎるわ」って気づいた
山田先生……、あの方はやはり天才だ……

ちなみに、残っていた原稿はどうもその『最初の予定』のほう
修正前の原稿のようで、辻褄が合わない箇所が何箇所もあるし
ご都合な箇所も多々ある。
修正したいけど、今書いている(別の)原稿を書き上げるほうが先だ
ということで、ほぼそのまま載せていたりする
そのうち、この話は途中で止まる可能性があるけど、そのときはまあそういうことで
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