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今は遠き夏の日々 ~学校七不思議編 その八~

 霊感少女の噂


「さて、それじゃあ残りの七不思議を検証しますか」
 トイレから出た後、夕美の前に立った小夜子が、懐中電灯を廊下の先に向けながら言った。その様子を見た夕美は、思わずため息を漏らしてしまった。
「お前さあ……」
「なんで牧原さんって、こんな状況なのに元気なんですか?」
 続けて夕美は文句を言おうとしたのだが、香苗の言葉に遮られてしまった。
「いやいや。むしろこんな状況だからこそ、検証し甲斐があるんじゃない。それと、私は一条小夜子ですから。間違えないように」
「まあ、検証はともかくとして、だ。まだしばらくここにいる必要はあるだろうな」
 言って、夕美はポケットから一枚の紙を、……いや、札を取り出した。
 夜子神社御守護と書かれた護符である。
「あら、そのお札、夕美ちゃんが持ってたの」
「んん? ああ。と言うか、こっくりさんの時になぜかお前が持ってたんだけどな」
 と、夕美は護符を見た。いや、視た。
 他の二人には見えない、夕美にだけ視えるモノ。
 護符には、妙な気配があった。
 美術室で護符を手に取った時、夕美はそこに、老人から得られるような厳かな気配を感じていた。しかし、今はまるで違う、もっと新鮮な気配がある。
 この変化が何を意味するのか、夕美には分からない。
「……このお札さ、戻しに行った方がよさそうだよな」
 分かってはいないが、しかし、今のこの状況を作り出している原因は、他に考えられないと確信を持っていた。
「そうですよね。ちょうど美術室は階段二つ降りてすぐですし、早いところお札を元の場所に戻しましょう。それにしても、はあ……。まさかこんなことになるなんて……」
「なったもんは仕方ないだろ。ほれ、さっさと戻しに行くぞ。それで、すぐに帰ろう」
 そうして、三人は互いに顔を見合わせ、美術室に向かうことにした時であった。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 どこからか、鉄がこすり合い、ぶつかり合うような音が聞こえてきた。
 ……がしゃ。……がしゃ。
「なんの音?」
 小夜子が音のする方向、正面に見える階段に、懐中電灯を向けた。
 懐中電灯に入れてある電池は、学校に入る前に買ったもので、新品のはずである。それなのに、懐中電灯は唐突にその光を弱々しくさせ、階段を照らしきることができなかった。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 と、階段の奥から、何かが光を反射させ、きらりと煌めいた。
 ……がしゃ。……がしゃ。
「鎧……」
 姿を現したのは、鎧武者であった。
 まるで鬼のように長く尖った角、般若面を思わせるような面頬と、そして全身を赤黒い色で塗った鎧武者が、ゆっくりと、一段ずつ、階段を上がってきているのである。
 それを見た瞬間、小夜子と香苗は、びくりと固まった。
 鎧から漂ってくる、鼻を強く刺激する腐敗した肉の臭いや、あるいはその中に隠れている錆びた鉄の臭いに驚いたからではない。面の下に、顔がないのである。
 鎧の中身は、空であった。だというのに、鎧そのものが意志を持っているかのように、
 ……がしゃ。……がしゃ。
 一歩、また一歩と、階段を上がってくるのである。
 いや、彼女たちにそう見えたのなら、まだ幸せかだったかもしれない。
 夕美には、夕美にだけは、面の下にいる人間の姿が見えていたのである。
 ただれた顔に両の目はなく、ほとんどの歯をも失った腐乱死体。
 夕美にはそう見えていた。
 じーこ、じーこ。
 ……かしゃ。
 香苗のカメラがフラッシュをたいた瞬間、鎧武者はあるはずのない眼でぎろりとこちらを睨み、
 すらあ……。
 腰に差していた刀をゆらり抜いた。と、同時に、小夜子の懐中電灯の明かりが消えた。
「逃げるよ! 二人とも!」
 それを合図に、三人は真っ暗な夜の廊下を全力で走り出した。
 美術室に一番近い階段は、鎧武者がいるため使えない。目指すは校舎の反対側にある、もう一方の階段である。もっとも、この時の三人は、ただ逃げることだけを考えていた。
 体力測定や体育祭でやるのとは違う、生命の危機を感じた時の、本気の走りである。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 対して、鎧武者は走り出しもせず、ただゆっくりと歩いていた。
 もつれそうになる足を必死に前にだし、夕美たちはすぐに階段の前までやってきた。そして、後ろを振り返ることもせず、階段を駆け下り、あるいは飛び降り、あっという間に一階まで降りた。この間、何か言葉を交わしたわけではないが、美術室のことなどすっかり忘れ、全員が学校から逃げ出そうと考えていたのである。
 あとは廊下を走り、玄関まで逃げるだけである。
 息を切らしながら、走り出そうとした時であった。
「ちょっと待ってください!」
 香苗が悲鳴を上げた。
 それを聞いて、前のめりになる体をぐんと戻し、夕美は彼女の方を振り返った。
「なんで……! なんで階段が……!」
 こんな時に何を言っているのか、と夕美は最初、彼女の行動に憤りさえ感じていたのだが、香苗の指差す方向を見て、絶句した。
 階段がある。
 一階に来たはずだというのに、下り階段が、もう一つあった。
 夕美はすぐさま、近くの部屋の表札を見た。
「二年……、一組……?」
 ありえない。
 確かに四階から一階まで、自分たちは降りてきたはずなのである。なのに、
「ここは三階……?」
 ……がしゃ。……がしゃ。
 上の階から、あの鎧がやってきた。歩く速さは変わらずゆっくりであるが、それでもすでに、これだけ距離を詰めているのである。
「第二校舎!」
 小夜子の絶叫を聞いて、夕美もそれしかないと考えた。
 夕美たちは再び、走り出した。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 走っている途中、夕美は振り向いて鎧武者の姿を確認した。
 鎧を着こんだ腐乱死体の足取りは、相変わらずずいぶんと遅いのだが、まるで蜃気楼でも見ているかのように、常に同じ距離を開けて追いかけてきているのである。
 そうして校舎の反対側の端までくると、夕美は一度、小夜子たちを止めた。
「お札! 美術室に行って戻さないと!」
「それするにしたって、あれをまかないと!」
 目の前には、一つ下の階に降りる階段と、第二校舎へと向かう渡り廊下がある。いや、下に降りたとしても、ちゃんと二階に降りられるかすら怪しくある。
 舌打ちをしながらも、仕方がない、と夕美は小夜子に続いて渡り廊下へと逃げ込んだ。
 第一校舎側の扉を開き、渡り廊下を駆け、第二校舎側の扉を開けた。
「あ、あれ?」
 第二校舎に入った瞬間、異変が起きた。
「小夜子? アサムラ?」
 二人の姿が、夕美の前から消えたのである。
 しかも、三階の渡り廊下から第二校舎へと進んだはずだというのに、目の前にあるのは演劇部の部室である。つまり、夕美は第二校舎の二階に立っていたのである。
 二人はどこにいった?
 あたりを見回しても人の姿はなく、足音すら聞こえてこない。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 代わりに、武者の足音が聞こえてきた。
 四階から一階に降りても、三階に戻っていた。三階の渡り廊下から第二校舎に移動すると、なぜか第二校舎の二階に立っている。ならば、目の前にある演劇部の扉を開けば、また別の場所に移動できるのではないだろうか。
 そこまで深く考えたわけではないが、夕美はとりあえず扉を開け、中に入った。
 そして、念のために、扉の鍵もかけた。
「オソカったジャないか……」
 夕美の心臓がはねた。
 低くはあるが、はっきりとした声が、背後から聞こえたのである。
 さっと振り返り、背をびたりと壁に押しつけると、闇の中にいる人影を、夕美は注意深く、警戒しながら睨んだ。
「う、うそだ……」
 普段の彼女からは想像もできないほどに動揺しきった声で、夕美は言った。
 そこには、一人の男がいた。長机に腰掛ける、大人の男性である。
 その男を見た夕美は、慌てて部屋から逃げ出そうと、かけた鍵を開けようと前かがみになるも、しかし、溶接でもされたかのように扉はびくともしない。
 と、夕美がそうしてもたついていた時、彼女の横を、何かが通る気配がした。
 夕美は、視界にはとらえていなかった。足音もなかったし、そもそも一体いつからそこにいたのかは分からないが、それは夕美の隣を歩いて移動したのである。
 ほとんど通らない、固い唾が、口の中にたまった。それを、無理やり飲み込むと、夕美は頬を伝ってあご先にたまる汗を気にせず、ゆっくりと立ち上がった。
「センセイ。私、なにかワルいことしたノ?」
 声が聞こえた。聞きなれない女子生徒の声である。
「悪イコト? そうか、キミは自カクガないのか」
 先ほどの男の声がした。聞きなれた、吐き気さえもよおす、聞きたくない声である。
 夕美は、力強くまぶたを閉じた。
 大丈夫。見えない。何も見えない。アタシには見えない。
 頭の中で何かに懇願するように念じ、そうしてようやく、男の方をもう一度見た。
 網膜から神経、神経から脳へと送られた映像は、ありえないものであった。
「ならコウしよウ。『 』ナンデじぶンガ生徒指ドウシツに呼ばレたト思ウ?」
 資料のあるガラス棚。たった一つしかない長机に、その両側に一つずつあるパイプ椅子。そして、それらが入るだけの、狭い部屋。その光景に、夕美は見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころか、それは彼女の網膜に焼き付いて離れない、おぞましい光景である。
 彼女の目の前には二人の人間がいる。
 一人は、ワイシャツにネクタイを締めた男である。少々痩せてはいるが、年齢を感じさせない若々しさのある、人のよさそうな眼鏡の男であった。
 そしてもう一人は、不気味なまでに生気すら感じさせないような月白色の肌に、ずいぶんと長くはあるが、ほとんど白いに近い金髪の、夕美よりも幾分か若い女子生徒である。
「……わかリマせん」
 おどおどしながら、白い女子生徒は男の問いに答えた。
 それを聞いた男は、はあ、と深いため息をつき、眼鏡をかけなおした。
「……『 』。お前は『 』だ?」
「……『 』す」
「ならなぜ、いつまでモソンな『 』をシテイる? 先セイ、言っタヨナ? 髪を『 』と。お前は『 』か? 『 』にデも『 』りカ?」
「そんなつもリハアリマせん。肌が弱イカら、髪をソメれナイだけでス」
「クチゴタえをす『 』!」
 勢いよく、長机が叩かれた。その音は、部屋の外はおろか、学校中に引きわたるほどのものであり、白い女子生徒と夕美は、同時にびくりと肩をすくめた。
「お前はイチド、『 』に『 』ト駄目なヨウダな!」
 ぐいと、大人の男の力で、少女は肩を掴まれた。
「エ? え?」「やめろ」
 戸惑う少女を見て、夕美は自分の肩をおさえながら呟いた。
 そして、おもむろに、眼鏡の男は白い女子生徒を押し倒した。
「いや! ヤメテ!」「やめろ!」
 そして……。
「やめろ!」
 夕美が絶叫した瞬間、複数の破裂音が同時に鳴った。
 窓ガラスを叩き割るような音ではない。床の上に転がっているビーカーを、踏んで割ったかのような音、それを無理やり拡大させたような破裂音である。
 同時に、夕美の目の前が深い闇に包まれた。
 目を瞑り、うずくまったのである。
 がら……!
 誰かが、部屋の引き戸を勢いよく開けた。
 その音をきいて、夕美は頭を上げた。すると、眼鏡の男も、白い女子生徒も、部屋ごと姿を消しており、眼前に広がるのは芝居道具の散乱している演劇部の部室になっていた。
 夕美は涙をパーカーの袖でふくと、振り返り、開け放たれた扉の方を見た。しかし扉を開けたものはすでに廊下をかけているようで、ぱたぱたと走る音だけが聞こえた。
 夕美は慌てて廊下に出た。廊下の先を見ると、明かりもないためほとんど視認することはできないのだが、闇の中に埋もれるように、そこには誰かがいた。
 人の気配なのか、あるいは別のものの気配なのか、夕美にはそれを判別することはできないが、確かにそこには誰かがいるのである。
 くふふ……。
 笑い声が聞こえた。女の声である。それも、小さな子供の声であった。
「だ、だれ……?」
 警鐘を鳴らすように早く打つ胸をおさえながら、夕美は消え入りそうな声で言った。
 すると、そこにいるものは、ぱたぱたと再び走り出した。軽い音である。やはり、そこにいたのは小さな子供のようである。ただ、なぜこんな時間帯に、しかも高校にいるのか。
 当然ながら、生きた人間ではないだろうと思いつつも、夕美は子供を追おうとした。
 そうして廊下をかけ出したのだが、どれだけ走っても廊下は続き、いつまでたっても子供に追いつけなかった。
 ふと、窓際に、人の気配を感じた。建物の中ではなく、四階の窓の外である。
 夕美は足を止めた。いや、止めさせられた。そこにいるものに止めさせられていた。
 ぬるり、と窓の外にいた誰かが窓も開けずに、建物の中に入ってきた。そして、それは夕美の足元にまとわりついてきた。人でもなんでもない。黒い影であった。
「お前はここにはいない……! あたしにはお前なんか見えない……!」
 そう叫ぶと、夕美の体を止めていた金縛りが解けた。
 同時に、黒い影も消えたのだが、子供の足音もしなくなっていた。
 そこで、夕美は初めて呼吸を乱した。ふう、ふう、と短く、必死に酸素を取り込もうとしながら、ぺたりとその場に座り込み、噴き出した汗を床にたらし始めた。
 それから夕美は、身に着けているアクセサリーを全て外し、それで自分の周りを囲んだ。
 怖い……。
 もういやだ……。
 家に帰りたい……。
 涙こそ浮かべてはいないものの、今度は自分の精神に金縛りがかかてしまっていた。
 そうして、時の流れを感じない闇の中をじっとしていると、
 ……みちゃ……ん……。
 どこか遠くで声がした。
 顔を上げ、夕美は闇の中を見つめる。
「ユミちゃ……ん」
 それは、ガラスのように澄んだ声であった。
「小夜子? 小夜子か?」
「ユミちゃん? よかったあ。はぐれたから心配したんだよ」
 声を出すと、小夜子と香苗が、闇の中からやってきた。いまだに懐中電灯の明かりが戻らないのか、ただの筒となったそれを握ったまま、小夜子は夕美に近づいてくる。
「大丈夫でしたか? あの武者が来る前に早く逃げましょうよ」
 と、香苗が夕美の隣にやってきた。
 その姿を見た夕美は、くっ、と小さく、口の右端を吊り上げた。そして、小さく笑うと、
「あ、ああ。すまん。ちょっと腰が抜けてて。立てないからさ、手、貸してくれない?」
 言って、夕美は手を出した。
 その手を小夜子が掴もうとした瞬間、
 ばしん!
 小夜子の手から火花が散り、その腕が燃えだした。
 夕美の手は、依然、アクセサリーで作られた円の内側にある。
 それに気づいたのか、小夜子の姿をしたそれは、香苗の姿をしたものと一緒に、夕美を凄まじい形相で睨みつつ、消えた。
「ああ! 夕美ちゃん!」
 今度は後方から声が聞こえてきた。それも、ガラスのように澄んだ、美しい声であった。
 後ろから、と言うことに、夕美は警戒した。振り返った瞬間に何かが起きるかもしれないと考えたからである。そうしてためらっていると、足音は次第に近くなってきた。
 足音がひときわ大きくなると、突然、夕美は自分の背に、強い衝撃を受けた。そして、それと一緒に、人の体温と体重をしっかりと感じた。
「よかったあ! はぐれたから心配したんだよう!」
 ぎう、と抱きしめられ、困惑しながらも、夕美は安堵した。
 振り返ると、そこには自分の知っている一条小夜子がいた。
 それだけで、夕美は自然と笑みをこぼしていたのである。
「そうだよな。小夜子はあたしにくっつくのが好きだもんな」
 言って、夕美は自分も小夜子の体に腕を回して彼女の体を抱きしめた。強く、力強く抱きしめ、その体温と匂いを確かめるように、顔を彼女の体にうずめた。
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