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今は遠き夏の日々 ~学校七不思議編 その五~

 美術室のお札の噂

幽霊が出そうと言えるほどに古びた廊下や教室や、あるいはかの有名な『花子さん』が出そうと言えるほどのトイレもなく、成上高校の校舎は、どこまで行っても綺麗であった。
それもそのはずである。
この高校は、建てられてまだ十年ほどしか経っていないのである。

それでも、校舎にお札があるとか、開かずの間があるとか、そう言った類の怪談話がまことしやかに囁かれるのは、そうした噂話があまりにも広く蔓延してしまっているからであろう。

誰々がこんな話をしていた。
誰々も同じ話をしている。
じゃあその話は本当なのだ。

外部の人間からすれば全くもって信憑性のない話であろうが、学校という、ある種、閉鎖されている空間においては、信用のできる人間が話していたというだけで信憑性が生まれてくるものである。
たとえそれが、根も葉もない噂であったとしても、である。

もっとも、一条小夜子にとっては、そうした噂の真偽はどうでもよかった。
「あの。マキ――。イチジョーさん。怖くないんですか?」

と、後ろを歩く香苗から声を掛けられ、小夜子は鼻歌を止めた。
懐中電灯を片手に先陣を切り、深夜の校舎を鼻歌まじりに徘徊しているのである。
そう思われても仕方がないだろう。

「歌いながら歩いてたら、ちょっとは怖くなくなるでしょ?」

とは言いながらも、小夜子の表情には、やはり余裕があった。
それと言うのも、彼女はこうした暗闇に慣れているからに他ならない。

「へえ……。ところで、さっきから歌ってるのは、なんて曲ですか?」

「いつの日か、きっと」

「なんです?」

「ユミちゃんがよく弾き語りする歌」

「そういうことを言うんじゃない。前見ろバカ。ついたぞ美術室」

と、小夜子たちは美術室の前で立ち止った。

美術室の中は、音楽室と同じように真っ暗で、はっきりと全体を見渡すことができない。
これならば、街明かりや月明かりがわずかながらも入り込む廊下の方が、まだマシと言える。

「それで、お札のある絵ってどれかな?」

小夜子は握っている懐中電灯で、美術室内の壁にかかっている絵を、一枚ずつ照らした。
それらはすべて、この高校の生徒が描いたもので、有名な絵画の正確な模写や、賞を取った生徒の作品などであった。

「けっこーな数がありますね」

「カナちゃん。一枚ずつ調べてってよ」

言いながら、小夜子は懐中電灯を香苗に向けた。

「ええっ? なんで私なんですか」

眩しそうにしながら、香苗は不服そうに言った。

「わたしはライトで照らしておくから」

「あたしはめんどくさいからここで見とくよ」

「……なんて二人だ」

文句を言いながら、石膏像や小道具の置かれた台に登る香苗を見守りつつ、小夜子は香苗が絵の裏を確認しやすいように、懐中電灯で絵や彼女の手元を照らしていった。

「しかし、これ。一枚ずつ調べていくと時間がかかりますね」

しばらく絵を物色し、最初の四枚を調べ終わった後で、香苗が次の絵に手をかけながら言った。

「めんどっちいわねえ。ゆっちゃん、どれか分かる?」

と、小夜子は振り返った。
振り返りつつも、しかし、しっかりと懐中電灯で香苗の手元を照らし続けた。

「なんでそこでアタシに聞くんだよ。……まあ、そうだね。……強いて言うなら、そっちの奥にある絵が気になるかな」

「どの絵のこと?」

「西洋画っぽい絵の隣の……。ほら、香苗が今持ってる絵の、ええと、……六個右隣のだよ」

小夜子は絵を数えながら、懐中電灯を右へ右へと向けて行くと、古びた神社を渋みのある色彩で描いた水彩画があった。
これが、夕美が言っている絵なのだろうか。
風情のある、美しい絵にしか見えない。

「あれ? こんな絵、飾ってありましたっけ?」

と、小夜子が照らした絵を、香苗が手に取った。

「ぶっは! なにこれ! ほこりまみれですよ! うぺぺ!」

酷くほこりをかぶっていることもそうであるが、よく見てみるとその絵は、額の作りや紙の質感からして、明らかに、周りの絵とは違っていた。
築十年ほどの建物には不釣り合いなほどに古いのである。

ほこりを払いながら、香苗が神社の絵を壁から外し、その裏側を見た。すると、

「……あっ、お札発見」

夕美の予想が当たった。神社の絵の裏には、絵と同じようにほこりをかぶり、ぼろぼろになった護符が、今にもちぎれそうなまでに朽ちた紐でくくりつけられてあった。

台から飛び降りた香苗の手元に、小夜子はすかさず懐中電灯を向けた。

見ると、護符には何やら文字が書かれてある。

「ヨルコ神社、……オン守護、かな?」

小夜子は護符の文字を読み上げた。

護符には判ではなく、手書きで『夜子神社御守護』と書かれており、文字の両側にはげっそりと痩せ細った、犬にも、狼にも見える、なんとも気味の悪い獣の絵が、互い睨み合うような形で、しかもこれまた手書きで描かれてあった。

「ヨルコ? ヤコ? 読みはどっちか分からないですけど、そんな神社ってありましたっけ? この辺りって成上神社ぐらいしか分からないですけど」

「アタシも聞いたことはないが、ってことはこの辺りの神社じゃないのかもな」

ぴっ、と香苗の手から護符と取ると、夕美もそれをまじまじと眺めた。

「まあ、少なくともお札自体はあったわけだ。それで? このお札って、外したらどうなんだ?」

「え? いや、そこまでは聞いてないですね。あるっていう話しか聞いてないんで」

香苗が手帳をぱらぱらとめくるのを、小夜子はしばらく見ていたのだが、これといって何もないらしく、それ以上の情報が出てこなかった。

「ううむ……。たぶん、お札を取ったら何か起きるんでしょうけど……。やっぱり誰もその先を知らないんでしょうね。全然情報がないです」

「なんだか、トイレの花子さんみたいね」

「はい? え? なんでですか?」

香苗の言葉と、そして、夕美のきょとんとした表情に、小夜子は驚いた。

「あれ? 知らない? トイレの花子さん」

「いや、そりゃ知ってるけどよ。……それがこのお札と何の関係があるんだよ」

「じゃあ、逆に聞くけど。トイレの花子さんの噂って、どんな話か覚えてる?」

「あれですよね。三階の女子トイレの、奥から三番目の個室の扉を三回ノックすると、花子さんが出るっていう」

「そうそう。それそれ。……だけど、花子さんを呼んだ後、どうなるか知ってる?」

「……言われてみれば、確かに知らんな」

「でしょ? わたしも知らないわ。その後どうなるか誰も知らないのに、なぜかその噂だけが一人歩きするっていう。これもそう言う話なんじゃない? お札はあったけどね」

「そんなもんかねえ……。しかし、見れば見るほど気味の悪いお札だな」

ねえ。と、小夜子は相槌を打ち、それから再び護符に描かれてある獣の絵を見た。

文字の左右に座る二匹の獣。
左の獣は口を閉じ、右の獣は口を開いている。
阿吽の形である。
この神社の神使なのであろう。

だが、小夜子はそうしたところには気にも留めず、じいっと獣の瞳を眺めていた。

とても、人の手で描かれたとは思えないような、恨みと、憎しみと、怒りのこもった眼である。
その眼で、二匹の獣は互いを睨みあっているのである。

……いや、睨んでいるのは、

「どうした? 小夜子?」

はっ、と小夜子は我に返った。

「あ、いや。なんでもないよ」

「ほんとか? お前、珍しく神妙な顔してっから――」

と、唐突に、香苗が大きな声を上げた。

瞬間、小夜子と夕美は、同時に飛びあがった。

「ばかっ! 急に大きな声出すな! びっくりするだろ!」

「すっ、すみません。……じゃなくて。柳瀬さん。よく一発でお札の貼ってある絵がどれか分かりましたよね。やっぱり何か、霊感みたいなのがあるんじゃないんですか?」

香苗が言うと、小さな唸り声がした。
夕美の口からである。

「いや、でもよ。だって周りの絵を見てみろよ。この絵だけが腐りかけみたいになってるのって、どう考えても怪しいだろうが」

「だとしても、ですよ? 私だって事前に調査してるんですから。どんな絵があるかは大体覚えてますよ。そもそも、前回のオカ研と調べに来たときは見つからなかったんですから」

さて、どうしたものか。と、小夜子は考え、悩んだ。
香苗にそう思わせるきっかけを作ったのは、他でもなく自分自身であるし、友人としてここで助け舟を出したいところであるが、上手く話をそらす自信がなかったからである。

「とにかく、ほら。音楽室の噂と同じで何も起きなかったんだし。それでいいじゃない」

考えた末に、小夜子はそんな適当な言葉でお茶を濁そうとした。

「まあ、仮に何かあったとしても、今日はその夜子神社の神様、軽井沢かどっかでお休みなんだろうよ」

小夜子に続き、夕美はそう言った。
彼女とは長い付き合いである。
小夜子には夕美が何を言わんとしているか、すぐに分かった。

「軽井沢でオフだなんて、そりゃ豪富ーだこと」

「……なんですか? 二人して私の事バカにしてるんですか?」

「そ、そんなつもりはないわよう。あははは……」

あまりに冷たい目で見られてしまったため、小夜子は八の字に眉を曲げ、笑ってごまかした。

「……と、ところで。次の七不思議。試しに行く?」

「もちろんです。次は三年四組でこっくりさんをすると成功するっていう噂ですよ。さっそく行きましょう」

「その前に、カナちゃん。……そのお札、元の場所に戻すの、忘れないでね」

「あ、はい」

そうして、札を、絵を、元の場所に戻したのだが、美術室を出る間際、小夜子はちらと神社の絵を見た。
懐中電灯の明かりを当てていないため、真っ暗であるが、確かにそこにあるはずの絵を、ふっと視線に入れたのである。
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