忍者ブログ
別館
[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

と言うことで、今日はもう9日なわけだけど

どう考えても明日の締め切りに間に合わねえべ
だってまだ既定のページ数の半分しか書けてないんだもん

あははははははは( ゚∀゚)


さて、今書いてるのは
以前から「なんとかX Factorみたいな話を小説として書けないものか」
と長いこと設定を考えて
ようやく書き始めた歌合戦もの

特に詰まることなく順調に書けてはいるんだけど
スタートが遅かった……orz

一個前に書いてたのが
テーマは難しいしどう考えても小説で書くより漫画やドラマでやった方がいい内容で
苦しみながら書いてたら予定より大幅に遅れてしまったんだ
……うん、言い訳だね

と言うことで、一個前に書いてたもの(お蔵入り)と
その前に書いてた某所で落選したタイトルを
近いうちにまた晒すことにする

で、今回は、今書いてる『歌合戦もの』のプロローグ『だけ』を
珍しくここに置いておく
応募用原稿から直で持ってきてるから読みづらいし馬鹿みたいに長い
ページ数で言えば30ページ分だもんそりゃ長いよ
でも面白い自信はあるから暇なときにでも読んでみるといいよ

簡単なあらすじは
男子軽音楽部と女子軽音楽部が、文化祭のステージに出る権利をかけて
音楽祭で歌合戦をするっていう話

需要があればもっとちゃんとしたところに続きを置くつもりだけど
まあ、ないだろうと思う


『愛・ウィル・ロック・YOU(仮タイトル)』

 その一・軽音楽部と二つのバンド

 二〇一三年、四月十七日。
「月宮音楽祭……?」
 先輩が言った聞きなれない言葉に、真鍋弘樹(まなべひろき)は目を丸くした。
 すると、先輩はそんな弘樹に驚いたようで、信じられないと言ったような顔をした。
「あれ? もしかして真鍋、月宮音楽祭のこと知らないのか? この高校って、結構それ目的で入ろうとするやつが多いんだけどな……」
「いや、知らないですね。初耳です」
 そもそも、弘樹は月宮高校の偏差値が高かったからここの入試を受けたというだけで、彼は文化祭や音楽祭どころか部活すら確認してはいなかったのである。とはいえ、先輩の言葉から考えるに、偏差値が高くともこの高校を選ぶだけの魅力があることがうかがえる。
「月宮音楽祭ってのはな。まあ、音楽祭っても、出るのは軽音だけなんだけど」
 弘樹の方に顔を向けながら先輩は喋るのだが、彼は手元をしっかりと動かしながら資料を整理していた。生徒会に入ったばかりの弘樹とは大違いである。
「うちの高校には、『HoneyBee Air Service』ってバンドがあって」
「ハニービー……、エアサービス……?」
「そう。ミツバチ遊撃隊って書いて、ハニービーエアサービス。男子しかいないバンドだな。んで、もう一つ、『全力失踪』ってバンドがあって、こっちは女子だけしかいないバンドな」
 と、先輩は二つのバンド名を出した。
 しかし、彼は先ほど、音楽祭に出るのは『軽音だけ』だと言ったはずである。
「そのバンドって、両方とも軽音部ってことになるんですか?」
「そうそう。それで、そこがミソなんだよ」
 先輩はなぜか、顔を近づけ、小声で話し始めた。
「軽音楽部にはバンドが二つあるんだけど、学校の規則的には一つの部だ。そうなると、文化祭で枠が取れるのはバンドじゃなくて、軽音楽部って言う部だけになる。つまり、どっちか片方だけしかステージに立てないってことさ」
「はあ……」
「そこで、この問題を解決するために行われるのが月宮音楽祭だ。……音楽祭でやるのは、二つのバンドが文化祭のステージに立つ権利をかけて、まあ、いわゆる歌合戦をするんだ」
 なるほど。と、気のない声ではあるが、弘樹は相槌を打った。
「でも、そんなことしなくても、交代で文化祭に出ればいいんじゃないですか?」
「そうなんだろうけど……。いや、その辺は俺も詳しくは知らないな。なんていうのか……。もうこの学校の伝統? みたいなもんになってるんじゃねえの?」
 それにしては、何とも変わった伝統だ。まあ、その辺りのことは後で調べればいいか。
 弘樹は目の前の仕事を終わらせようと、止めずに手を動かし続けた。
「とにかく、俺たち文化祭実行委員は、音楽祭の実行委員も兼ねているわけだ。グループの構成は分かってなくてもいいから、少なくともバンド名だけは覚えておけよ?」
「それは、まあ……。覚えておきますけど……」
 と、今まで散々喋りとおしていた先輩の方が、早めに仕事が終わった。そのことに気がつくと、弘樹はなんだか釈然としない気分になったのだが、ため息も出さずに仕事を続けた。


 その二・入隊希望者

 四月五日、午後一時。
 赤色リボンを胸元に着けた女子生徒や、初々しい男子生徒たちは、その誰もが希望に満ち溢れた表情をしていた。私立月宮高校に入学したての一年生たちは、入試以降、全く勉強をしていなかった生徒も、しっかりと続けていた生徒も、楽しくなるはずだと期待していた高校生活を開始してすぐの新入生学力試験にあっては、緊張せざるを得なかったのだが、ともかく、誰もが嫌うテストは午前中の時点で終了した。残った時間は部活を見学することのできる時間となっており、だからこそ、彼らは明るい表情をしていたのであった。
 もっとも、この時間、一年生のほとんどはあまりうろつくことなく、校内のどの位置からでも様子を見ることのできる中庭に注目していた。というのも、中庭では軽音楽部による野外コンサートが行われていたのだが、これが一年生たちの足を止めていたのであった。
 まずもってして、軽音の演奏は非常に質が高かった。さすがにプロ並みだなどと言うと誇張表現もいいところではあるが、少なくとも彼らの演奏は下手な大学生よりかはうまかった。
 とはいえ、一年生がもっとも魅力的に感じていたのは、ボーカルの男子生徒であった。
 力強く、そして荒々しく歌いながらも、しかし決して音を外したり雑にしたりはせず、なんとも色のある歌い方をするため、一年生たちは心を鷲づかみにされていたのである。同時に、彼の容姿はなかなかのもので、高い身長と驚くほど整った顔立ちが、彼の歌唱力と絶妙に合わさっていた。そのため、特に女子生徒たちはすっかり魅了されていた。
 と、通しで二曲が終わった。すると、中庭や、校舎の中から拍手が起こり、ボーカルの男子はこれを、実に気分よさそうにしばらく聞いていた。
「あー。……っうん。ごきげんよう、一年生諸君」
 スタンドからマイクを離して、ボーカルは言った。
「男子軽音楽部、HABS(ハニービー・エアサービス)の犬神賢悟(いぬがみけんご)だ。諸君ら一年生は、試験が終わったばかりで少々疲れているかもしれないな」
 犬神賢悟と名乗ったこの男子は、威厳と深みのある声で言った。歌っている時とはまた違った迫力があり、一年生から見れば、後光さえ差しているようであった。
「しかし、そんなことは我々には関係のないことだ。今日はあと、二曲ほど用意しているのだが、我々は諸君らを『男子軽音に入りたい』と思わせるように演奏する。だから、もし諸君らの中に入りたいと思ったものがいたら、いつでも部室の扉をノックしてくれたまえ……!」
 言って、賢悟はバンドメンバーたちに視線を送って合図をした。
 そうして始まった三曲目のイントロは、実にゆるりとしたギターの音色と、穏やかに囁く賢悟のコーラスが相まって、一瞬、バラードが来るのかと思わせるようなものであった。
 と、そこから重厚なドラムと激しいギターが作り出す、それまでの流れとは一変してハードな楽曲となった。イントロの雰囲気で引きこまれていただけに、唐突な展開に誰もが驚いたのだが、賢悟のシャウトとギターのメロディーが、ゆるんだ観客を腹の底からとらえた。
『B’z – Dive』
 それまで、かなりポップ寄りで、音楽に疎い生徒がいたとしても確実に誰でも知っているような曲ばかりを歌っていたこともあって、この選曲は観客たちに衝撃を与えた。
 先に歌った前二曲との大きな差は、やはり、ギターもベースもドラムも、単純な技術だけではなく、持っている力を最大まで出し切っていることが明らかに分かる、圧倒的な演奏なのである。このパワーを前にしては、まばたきをすることすら惜しくあった。
 これを選んだ賢悟の真意が、果たして新入生たちに向けられたものなのか、それとも大学受験を控える自分たち三年生に向けられたものなのか、それは彼の中に答えがあるのだが、ともかく、少なくとも一年生を前にして歌うには、あまりにも強烈な一曲である。
 B‘zのボーカルである稲葉浩志さんによって作詞されたこの曲には、人の生き方というものについて書かれている。将来のビジョンが明確にあろうがなかろうが、それを見通すために時間を使うのではなく、まずは行動して未来を感じろ。予測するのではなく経験しながら先へと進んでいけ、というメッセージが込められている曲である。そして、このストレートな歌詞は、重みのある音楽に凄まじい爽快感と疾走感を与えていた。
 新入生たちはそこまで深く考えてこの曲を聴いてはいないかもしれない。それでも、賢悟たちはこの曲を選んでカバーしたのである。新入生たちに向けて、この曲に込められたメッセージを聞いてくれと、叫んでいるのであった。
 
 四月五日、午後二時。
 私立月宮高等学校には、多目的学術ホールと言う大きな建物がある。
 これは、主に入学式などの行事や、演劇部、吹奏楽部といった部活で利用させるためにあるのだが、実に本格的なホールであった。この建物内にあるコンサートホールは、舞台を中心に扇状に広がるという劇場を思わせるような造りで、一階席だけでも九百人も収容可能であるほか、せり出した二階席には三百もの席が用意されているのである。
 その日の放課後、コンサートホール内では、クラシック音楽が数人の生徒たちによって奏でられていた。というのも、部活勧誘を兼ねた、新入生の歓迎会の最中なのである。
 と、ホールの扉を開き、一人の生徒がひょこりと顔を出して中の様子を覗き込んだ。
 やはり、何度見てもいいところだ。
 月宮高校に入学したばかりの新一年生、竪石眞琴(たていしまこと)は、快適そうな折りたたみ式の椅子と、絨毯から香る独特な匂い、そしてホールの空気を胸いっぱいに入れた。
 眞琴は、まだ中学生らしいあどけなさを残しながらも、爽やかな笑顔が何とも眩しい男子である。短めの髪もあって清潔感も出ており、その上、細身の体と絶やさない笑顔のおかげか、先輩からも同学年の女子からも可愛がられているような男であった。
 そんな彼が学術ホールにやってきたのには理由があった。
 コンサートホールから出た眞琴は、建物の入口方面ではなく、さらに奥の方を目指した。
 そうして道なりに進んでいくと、複数の扉が並ぶ廊下へと出た。吹奏楽部、合唱部、声楽部と、それぞれの扉には名札がかけられてあるのだが、眞琴はその中から目的の名札を探した。
 眞琴は元々、高校に入ったらバンドをやろうと考えていた。何のことはない、歌手になりたいという青臭い夢を持つようになったからである。月宮高を選んだのも、中学の頃から月宮音楽祭の話を聞いていたということが大きい。その詳細を聞いてからは、なにがなんでも月宮高校の入試に合格し、音楽祭に出場するためにバンドに入る気でいたのであった。
 そんな眞琴は入学式の翌日、新入生学力テストが終わるとさっそく軽音楽部を探した。
 テストの後で軽音楽部、HBASの演奏を中庭で見て、心を動かされたからである。
 何と言っても、B‘zの楽曲『Dive』のカバーである。
 HBASがカバーしたその曲を聴いていた時、ああ……、こういう風に自分を表現する人もいるのか……、と眞琴はえらく彼らの演奏に心を打たれたのである。そのため、HBASが演奏を終えた後、眞琴はいてもたってもいられなくなったのであった。
 軽音楽部の看板を前にした眞琴は、ふう、と一度、深呼吸をした。
 それから扉をノックしようとしたのだが、
「やあ、うちに何か用かい?」
 ふいに背後から声を掛けられ、手を止めた。
 振り返ると、絨毯の敷き詰められた廊下の先に、一人の男子生徒が立っていた。
「あの、軽音楽部に入部しようと思ってて――」
「ほほう……。なるほど。ということは、我々の演奏を聴いて、さっそく来たのだな?」
 よく通る、温かみのある声で、彼は言った。
 そこにいたのは、中庭で圧倒的なパフォーマンスを見せていた犬神賢悟であった。
 賢悟は、眞琴の近くまで来ると、眼鏡をかけなおしてにいと笑った。
 目の前までやってきた賢悟は、近くで見ると中々に身長が高かった。眞琴からしたらずいぶんと高く見えるほどである。とはいえ、彼を大きく見せているのは何も、身長だけではない。姿勢から口調や声色、表情と、まるで全身から彼の持っている自信があふれ出ているようで、そうした堂々とした姿が彼を大きく力強く見えるように錯覚させるのである。
 と、天井のライトの加減で、賢悟の顔が良く見えるようになったのだが、彼は驚くほど綺麗に整った顔立ちをしていた。少なくとも、少しばかり目のあたりにかかる程度に前髪を伸ばしたり、あるいはネクタイを外して首元のボタンを外したり、そうしたしゃれた格好をすることが実に自然に見えるほど、魅力的なのである。加えて、中庭で見ていた時とは違って眼鏡をかけているため、同時に知的にも見え、ずいぶんと格好の良い先輩に見えた。
「すいません。お忙しいのに来てしまって」
 眞琴がそう言ったのは、片づけをしていて忙しかったのか、賢悟が汗をかいていたからである。しかし、賢悟は疲れている様子など一切見せず、背筋もびしっと伸ばしていた。
「いや、いい。そのための新入生歓迎コンサートだ。……それに、君ぐらい早く来てくれた方が、感想もすぐに聞けて楽だし、何より、我々としては気分がいいからな」
 真っ白な歯を見せながら、賢悟はいい笑顔をした。
「ところで、君は、歌えるかい?」
「は、はい。……ボーカル志望で来たんですけど」
 眞琴は、目の前の男子生徒を見て、やや萎縮しながらもそう返した。
 すると、賢悟はなるほどと呟き、にいと再び不敵に笑って、軽音部の扉を開けた。
 軽音部の部室には十数人の男子生徒がおり、それぞれ帰り支度をしているか、あるいは歓迎コンサートの反省のために、楽器を持って練習をしている最中であった。そのため、防音扉が開けられた瞬間、ギターやベースやドラムの音がどっと襲ってきた。
「諸君! 聞きたまえ! さっそく新入部員を捕まえたぞ!」
 眞琴の前に立った賢悟は、ごちゃごちゃとした音に負けない、勢いのある声で言った。
 と、それまでせわしく動いていた部員たちが手を止め、一斉にこちらに視線を向けてきた。
「おお、さすが部長。仕事が早いっすね」
 部員の一人が言った。
「さあ、入りたまえ」
 言って、犬神賢悟は、眞琴を部室に入れた。そして、眞琴を適当な場所に座らせると、こほんとわざとらしく咳払いをして、それから長い前髪を整えた。
「それじゃあ、改めて。ようこそ、我らがHABSへ。俺はここの部長兼、HBASのボーカル担当の、犬神賢悟だ。よろしく……!」
 そう言うと、賢悟は眞琴の前に右手を差し出した。
 やはり、彼の立ち居振る舞いはその一つ一つがしっかりとしていて、威厳がある。
「竪石眞琴です。よろしくお願いします」
 眞琴は、賢悟と握手をしたあと、周りの部員たちにも一礼をした。
「竪石君は、ボーカル志望だったね? ちなみに楽器はできるかい?」
「ギターなら弾けます」
「素晴らしい! 聞いたかね、諸君?」
 仰々しく両手を広げる賢悟の動きを見て、まるで演劇のようだ、と賢悟は思った。
「でも部長。いくら音楽祭にはボーカルが二人いるからって言っても……。その一年生には悪いっすけど、腕前の方を見ない事には、……ねえ?」
 ベースギターを持っている部員が言った。
「うむ。それもそうだな。では、竪石君。……さっそく君の歌唱力をテストさせてくれ」
「え? いいんですか? みなさん、忙しそうですけど」
「気にするな。歌うために来たんだろう? なら、歌いたまえ」
 どかり、と椅子に座って足を組み、賢悟は偉そうに言った。しかし、嫌味は一切感じられない。それならば、と眞琴は部室内を一瞥した。
「……じゃあ、あの、ギター貸してくれません?」
「エレキ?」
「いや、アコースティックギターでお願いしていいですか?」
 と、そうしてギターを借りた眞琴は、部屋の真ん中に立たされた。本当にこれからこの場で歌うことになるのである。あまりにも簡単に事が進んだため、眞琴は戸惑いを隠せないでいたが、そんな彼に構わず、部員たちは彼を中心に、椅子や床に座って聞く準備を終えた。
「さ、さすがにいきなりこれだと緊張しますね……」
 指が震えているのをごまかすため、眞琴は手を開いては閉じ、それを何度か繰り返した。
 それから、眞琴は、ふう、と一度、深呼吸をした。
「それでは……。えっと、歌う曲は――」
「ああ、待て待て。せっかくだからタイトルは伏せておいてくれ」
 眞琴が言い終える前に、賢悟が眼鏡をかけなおしながら眞琴の言葉を遮った。
 言われて、眞琴は再び、ふう、と深呼吸をした。

 ギターの音が、静かに部室を包んだ。
 前奏は、どこか悲壮感が漂うような旋律であった。眞琴の爽やかな見た目もあって、もっとアップテンポで底抜けに明るいような曲が来ると予想していた軽音楽部の部員たちは、このことに少し驚いた。いや、驚いたのはそこだけではない。眞琴の指使いは、先月まで中学生だったとは思えないほどのものであり、賢悟も思わずうなってしまうほどだったのである。
 と、誰もが注目する中で、眞琴は歌い始めた。
 さすがに緊張しているせいで、やや声が震えてはいるのだが、それでも部員たちに息を飲ませるばかりか、部室を完全に別の空間にしてしまうほどに、彼の声は繊細であった。それと同時に、前奏から続く曲の雰囲気に乗せたその歌声は、少しばかり苦しそうに歌う眞琴の表情もあって、消え入りそうな印象を与える、胸を締め付ける切なさがあった。
 そこから、曲は転調した。ギターは相変わらず穏やかに弾いているのだが、眞琴が次第に声量を上げていることや、メロディーが先ほどまでよりも勇ましくなっていることもあり、まるで重くのしかかっていたものから解放されようと、徐々に体に力を入れているように感じられる曲になっていた。単純に歌唱力が高いということもあるのだが、技術だけではどうにもできない表現力が眞琴にはあることが、この短い節の中で表れていた。
 そして、曲はサビへと入った。と、ギターの音色は途端に明るく力強くなり、声量もいっそう強くなり、それまでの悲しみさえも感じそうな雰囲気が壊された。
 すると、ふっ、と一気に世界が広がったのであった。
『Dreams Come True – 何度でも』
 二〇〇五年に発表されて以来、どの世代からも愛され続けているドリカムの名曲である。応援ソングとしても知られているこの曲は、直接的な言葉で励ますのではなく、聞いているものの心を揺さぶり、勇気をふるい起こすような歌詞が特徴的な曲であった。
 いや、奮起されるのは、何も聞いている側だけではなかった。この曲を緊張気味に歌っていた眞琴さえも、サビに入ってからは実に良い笑顔で歌っているのである。
 とはいえ、眞琴には、ドリカムのボーカル、吉田美和さんほどのパワフルさがない。
 彼の歌声はどちらかと言えば甘く、そのままの状態で歌えば軽すぎるし、力を出しても無理をしているように感じさせてしまうのである。だというのに、部員たちはみな彼のパフォーマンスを見て心を打たれていたのは、ひとえに彼の歌い方が良かったからであった。
 というのも眞琴は、歌詞に込められた想い、というものを語って聞かせるように、パワーはないが、しかし熱を込めて歌っていたのである。決してバラード調やロック風なアレンジにはせず、それどころか単純なアコースティックアレンジにもしないで、自分なりの歌い方で、彼なりに『何度でも』という曲を聴く側に伝えようとしていたのであった。
 これを見た賢悟は、「おもしろい」と彼の歌唱力、表現力に感服した。

「えっと、……こんな感じなんですけど、どうですか?」
 一通り歌い終わった後、眞琴は照れくさそうに笑いながら言った。
 ところが、部員たちはみな固まったままで、誰も何も言わないのである。
「……部長。……こりゃあ、今年の音楽祭もうちの勝ちですね」
 ようやく部員の一人が、呆けたままの顔で言った。
 それまできりっとしていた賢悟は、相当感動したのか、表情を柔らかくしていた。
「……素晴らしい。……それしか出てこない。いや、実にすばらしいよ、竪石君……!」
「ほんとすごいよ! アレンジの仕方もうまいし、最高だった!」
「オレなんか最近フラれて落ち込んでたけど、がんばろうって思えたよ」
「オレも、受験、本気でがんばろう。ああ、本当にありがとう、新入生くん」
 賢悟に続いて、他の部員たちも次々と眞琴の歌を称賛した。
 このとき、もはや誰もが眞琴をテストしていたことさえ忘れていた。
「ば、ばかども! お前たちが力を出すべきは音楽祭だろう!」
 部員たちの言葉を聞いて、我に返った賢悟が彼らを一喝した。
 それから、賢悟はこほんとわざとらしく大きく咳払いをして、きりと眉をひそめた。
「さて、竪石眞琴君……。さっきはテストするなどと言ったが、むしろ我々の方から頼む。我ら、HBASに入って、共に音楽祭に出てくれないか?」
 言って、賢悟は右手を差し出した。その右手を見て、眞琴はふっと小さく笑った。
「ええ、もちろん。なんせ、そのために来たんですからね!」


 その三・ふたり

 四月五日の、午後三時のことである。
 はあ……。と、青色のリボンを胸に着けた少女が、ため息をついた。
 鳥木知美(とりきともみ)は窮地に立たされていた。
 彼女は軽音楽部内のバンド、全力失踪でドラムを担当している二年生である。この年頃の娘にしてはずいぶんと落ち着いていて、気も良くきくため、去年の暮れからリーダーに任命されていたのだが、彼女はある大きな問題を抱えていた。
 それというのも、今のバンドにボーカルがいないのである。
 ボーカルを担当していた旧三年生は全員卒業してしまい、残されたメンバーや、あるいはバンド外の女子に、音楽祭に出られるほど歌唱力に自信のある者がいなかったのだ。とはいえ、バンドを任された知美は、何としてでもリーダーとしての責任を果たさなくてはならい。
 しかし、どうしたものか……。
 知美は再び深くため息をついて、うんうんと唸った。
 現在、HBASは勢いに乗っている。二年連続優勝もあるが、何よりも人気があった。おそらく今はHBASのメインボーカルになっているであろう、三年生の犬神賢悟が、女子たちの間で圧倒的な支持を得ているのである。それも、悔しいと思いながらも知美たち全力失踪のメンバーでさえ、賢悟の容姿を目の保養にしているほどなのである。
 その犬神賢悟に、知美たちは勝たなくてはならないのだ。
 これは相当に骨の折れる仕事であった。
「どうします、ブチョウ?」
 体育館での新入生歓迎コンサートを終えたあと、知美は反省会をするために、部員と共に部室に向かっていた。というのも、コンサートの時にボーカルを担当していたのが、現メンバーの中でも元々コーラスを得意としている部員だったのだが、その部員はメインボーカルを担当できるほど人を惹きつけるものを持ってはいなかったのである。
 それだけに、どれだけボーカル志望の新入生を確保できるかが不安でもあった。
「まあ……。人が来ないんだったら、最悪、私らで歌えばいいんだけど……」
 と、知美は唐突に、会話の途中で立ち止った。
「どうしたんです……?」
 振り返って不思議そうにする知美を見て、部員が言った。
「いや……。今なんか、リンゴの匂いがしなかった?」
「……リンゴ?」
「うん。青リンゴの匂い」
 知美は注意深く辺りを見渡したが、新入生だらけの廊下には特に異常は感じられず、リンゴの香りもしなかった。気のせいか、と思いつつ、知美は前を向きなおした。
「まあ、いいや。……とにかく、ボーカルが必要ってことをもっとアピールしよう。勧誘でもしっかり言って。それからチラシに大きく書いておいて、それで今日中に掲示板に貼っつけておこう。今はそれしかできないし。……これで来週の月曜日に新入生がきてたらいいな」
「来週の月曜日はさすがに早すぎでしょう」
 そうして、この時は笑っていたのだが、翌週になって状況は一変してしまった。
 四月八日の放課後のことである。知美はいつものように女子軽音部の部室に入ったのだが、そこには見慣れた部員たち以外に、初めて見る女子たちが数名いた。
「……えっと? もしかして、入部希望者?」
「そうなんですよ、ブチョウ! しかも! ボーカル志望が五人も!」
 嬉しそうに部員の一人が言ったが、知美は笑ってはいられなかった。
「ちなみに、音楽祭に出たいって人は、何人いる?」
「五人とも出たいんですって!」
 月宮音楽祭に出ることのできるボーカルは、二人である。ということは、この五人の中から音楽祭に出場する、いわば部の顔になる人を選ぶ必要が出てきたのであった。

 四月十五日。午後三時半。
「そういえば、ミズナシさんは入る部活って、決めた?」
 と、赤いリボンを胸につけた女子が、帰り支度をしている少女に声をかけた。
「……ぶ、部活?」
 水無優花(みずなしゆうか)は、きょとんとした表情で、つい手を止めた。やわらかそうにふわりとしたショートボブと、黒真珠のように輝く大きな瞳に、元気な子犬を思わせるような身長の、実に愛らしい少女である。特に、頭に着けている百合の柄が入ったカチューシャが彼女の可愛らしさを引き立てており、その幼く見えるも外見もあって、クラス中の男子から注目を浴びているどころか、すでに先輩たちからも話題になっている女子であった。
 ただ、優花は高校に入ったばかりだというのに、今の今まで部活のことなどまったく考えてはいなかった。そもそも、この偏差値の高い高校に入るのもやっとのことで、先々週あった新入生テストの成績も芳しくなく、全くもって部活どころではなかったのである。
「そうだ! 部活に入らないといけないんだった!」
 そう叫ぶ彼女は、すでに入る部活を決めていた。
「ミズナシさん、どこいくの?」
 乱暴にノートや教科書を鞄に入れ、代わりに入学式の後で渡された部活一覧の冊子を取り出した優花を見て、クラスメイトが尋ねた。
「あった! これだ! アイドル研究部!」
 一昨年のことであるが、優花は当時の友達と共に、月宮高校の文化祭を見に来たことがあった。その時、『アイドル部』のパフォーマンスを学術ホールで見たのである。
 優花は幼いころから、アイドルというものに憧れていた。
 色鮮やかで可愛らしい衣装を着て、ステージに立ち、歌って踊って、そして日本中を明るく元気にする彼女たちが、小さな女の子には宝石よりもはるかに輝いて見えていたのである。それと同時に、もしあの中に自分も入ることができたなら、あるいは自分の人生が今よりずっと輝けるはずであると考えていたのであった。だからこそ、優花は必死に勉強をして、偏差値の高いこの高校に入った。すべてはあの時に見たアイドル部に入るためである。
 そうして、優花は帰り支度を早々に終わらせ、さっそくアイドル研究部を目指した。
 顔をほころばせていることにも気がつかず、すれ違う男子たちを振り返らせていることも知らずに、優花は早歩きで部室へと向かった。それほどまでに、彼女はアイドル研究部に期待を抱いていたのである。もちろん、高校生の部活動である。お遊び程度のものかもしれない。しかし、それでも優花は自分の夢を叶えたい一心でいた。
 ほどなくして、優花はアイドル研究部の前までやってきた。
 深呼吸をし、ほぐれない緊張を押さえ、そうして扉をノックした。
「どうぞー」
 その声を聞くや否や、
「失礼しまーす!」
 優花は実にいい笑顔をして部屋に入った。
 そして、笑顔のまま固まってしまった。
「おお! ようこそ、アイドル研へ!」
「いやあ、君みたいな子が来てくれるなんて……!」
 しばらく、優花は声を出せないでいた。
 彼女はもっと、女の子たちがダンスや歌の練習をして汗を流すような、あるいは可愛い女の子たちが楽しそうに活動をしている、そんな部を想像していた。ところが、現実は違った。
 アイドル研究部の部室内は、アイドル雑誌が散乱し、CDやDVDがごちゃごちゃと棚に置かれた、ほこりっぽく、小汚い部屋だったのである。
 いや、問題はそこではない。不衛生な部室自体も問題ではあるのだが、それ以上に優花が信じられなかったのは、部員が一人残らず男だということである。
「いやはや、悪いね。部屋が汚くて。普段はこんなに汚くないんだよ」
 眼鏡がかけた太った男子が言った。
「あ、あの……。えっと、ここって……、ほんとにアイドル研究部……ですか?」
 優花は ややたじろぎながらきいた。
「そうだよ。アイドルのことを研究することが目的の部だ」
 すると、眼鏡をかけた細身の男子が答えた。
「歌って踊ったりとかって、しないんですか……?」
 優花がそう言った瞬間、男たちは同時に両目を片手で覆った。
「それはアイドル部のことだね。しかも、残念だけどアイドル部は昨年、廃部になったよ」
「廃部……?」
「そうそう。必要な部員数を集められなくてね」
「そう、だったんですか……」
 そもそも、演劇部やダンス部、合唱部と言った部が集中している学術ホールではなく、文芸部などが集まっている部室棟に来ているのである。よく考えてみれば、それだけでも紛らわしい名前をしているこのアイドル研究部の活動内容は、容易に想像できたはずであった。
「だけど、そう悲観的にならなくてもいい」
 肩を落とした優花に、一番身長の高い男子が言った。優花はその長身の男子から自己紹介を受けたが、どうやら彼がこのアイドル研の部長の様であった。
「女子軽音部に行ってみるといい」
「軽音楽部……、ですか……? でも、私、楽器とか全然できませんよ」
「いや、今あそこはボーカルがいないらしくてね。それに」
 と、アイドル研の部長が、まじまじと優花の顔を覗き込んできた。
「そ、それに……?」
 年上の、それも大柄な男子が熱心に顔を見てくるため、優花は少々圧倒された。
「君には、アイドルの素質があるように見える。きっと、女子軽音楽部で活躍できるはずだ」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「今までいろんなアイドルを見てきたからね。それぐらい分かるさ」
 部長がふんぞり返りながらに言うため、妙に説得力があるように聞こえるのだが、軽音楽部とアイドルがどうつながるかが結局わからないままである。
「ともかく、まずは軽音楽部に行ってみるといいよ」
「は、はあ……。分かりました……」

 四月十五日。午後三時五十五分。
 ボーカル志望の新入生があまりにも多すぎたため、知美は急きょ、一人ずつみんなの前で歌わせるという形式のボーカルオーディションを行うことにした。
 集まった一年生の中で飛びぬけて歌の上手いものがいれば、他の志望者はあきらめがつくだろうし、全員の歌唱力が近ければ、部長権限で選べばよいと考えたのである。
 そうして、知美は早歩きで学術ホールのやや薄暗い廊下を歩いていた。一年生の腕前も気になるし、オーディション自体が上手くいくのかが分からなかったため、知美は期待半分、不安半分で部室に向かっていたのである。そうして部室の前まで到着すると、深呼吸をした。自分が所属している部室だというのに、妙に緊張してしまっているのである。
 まあ、なるようになる、か……。
 知美は、重たい防音扉を開けて中に入った。
 そして、目に入った光景を疑った。
「あっ。ブチョウ! 見てよこの人の数!」
 知美のもとにかけてきた部員が、嬉しそうに言った。
 見ると、十人もの赤いリボンを胸に着けた女子がいたのである。
「あ、うん……。いや、なんで増えたの?」
「それが、オーディションの話を聞いて、自分も参加したいって、飛び入りで来たんです」
 知美のもとにかけてきた部員が嬉しそうに言った。
「……それはいいけど。飛び入りで来た人は課題曲の準備できてるの?」
「できてるそうですよ!」
「準備ができてるならいいけど――」
 と、知美は、いつか遭遇した甘い香りがすることに気がついた。
「……なにこの匂い。……だれか、何か食べてる?」
 言いながら一年生たちを一瞥して、知美は目を丸くした。
 集まった一年の中に、たった一人だけギターケースを肩にかけている女子がいた。
 唯一ギターを持参してきたその女子は、ついこの間まで中学生だったとは思えないような美人であった。すっとした面長の顔は、左右に立っている女子たちよりもはるかに整っており、知美の一つ上の先輩たちよりもずっと大人びて見えさえしていたのである。それに、彼女の肌は、これまた左右に並ぶ女子たちよりも白く、透き通っていた。
 それから、彼女は驚くほどスタイルが良かった。短いスカートから伸びているすらりとした足はなめらかで、腰に当てた手のおかげで分かるくびれが、標準的な胸を大きく見せていた。
 ただ、知美を狼狽させたのは、そうした彼女の美しさではなかった。
 その一年生は、ふにゃふにゃと波打つ長い髪を、うなじ、いや、ちょうど肩のライン上で乱暴に一つ結びにしているのだが、その色が金色だったのである。しかも、その一年の口元がもごもごと動いているのである。おそらく、ガムでも噛んでいるのであろう。
 ……あれ? うちって一応、進学校だったよね?
 明らかな曲者に、知美は一抹の不安を覚えた。
 と、そうして知美が言葉を失っていると、背後の防音扉が開いた。
「あ、あのう……。ここでボーカルを募集しているって聞いたんですけど……」
 少々不安そうに、子犬を思わせるようなショートボブの女子が顔をのぞかせてきた。
「ああ。うん。そうだよ。入っといで」
 言って、知美はその女子を部室に入れた。そして、彼女にオーディション参加者それぞれに書かせている、名前と簡単な自己紹介を記入する紙を渡した。
「ええと、それじゃあ……。時間にもなったので、全力失踪のボーカルオーディションを始めます。課題曲はビラにも書いた通り、ZARD、坂井泉水さんの楽曲限定で――」
 言っている途中で、知美は先ほど駆け込んできた子犬が気になった。明らかに顔色が青ざめているのが見て分かるのである。おそらく、課題曲があることに気づかずに来たのであろう。
「――歌う順番は私が指定します。あと、歌う時プレ3のカラオケソフトを使うんだけど、一応、採点機能なんかは切ってあるから、音程グラフが欲しかったら言ってください」
 さすがに一人のために予定を変えるわけにもいかず、知美は続けた。
 そうして、バンドのオーディションは開始された。
 ……のだが、オーディションの審査員は、思っていたよりも大変な仕事であった。
 というのも、最初に選んだ五人があまり良くなかったのである。
 その五人は共通して、自己紹介書に歌唱力があることを書いていたため、知美たちは多少なりとも期待をしていた。ところが、確かに彼女たちは、決して歌唱力が低いわけではないのだが、それはあくまでカラオケとして上手いだけなので、特筆するようなところが見当たらず、しかも、選曲も似たり寄ったりなうえに、選んだ理由さえも大体が同じだったのである。
 特に、三連続でZARDの代名詞ともいえる『負けないで』が選ばれると、さすがに知美たちも苦しささえ感じてしまっていた。いや、課題曲をZARDの楽曲と設定したのだから、たとえ同じ曲が続いたとしても仕方のないことではあるが、もっと自分自身を表現するために、選曲にも気を遣ってほしかった、と知美はため息をついた。
 そういえば、先輩たちが一年の時はどうだっただろうか。
 知美の脳裏に月宮音楽祭で活躍した先輩たちの姿が浮かんだ。彼女たちも、入部したての頃は同じようにカラオケのような歌い方をしていたか、と疑問に思ったのである。
 続く六人目に選んだ女子も、同じように『負けないで』を歌い、そろそろ部員たち飽き始めていたのだが、六人目が歌い終わった後、次に誰を選ぶかと悩んでいた時であった。
 待機している女子たちを見ると、最後にやってきた女子が、何か、瞳を輝かせてこちらを見ていた。いや、表情からして明らかに選んでほしそうにしているのである。
 あの子は、練習もしてなさそうなのに大丈夫なのだろうか……。
 知美は、水無優花という名前を自己紹介書で確認した後、彼女をもう一度見た。
 並んでいる一年生たちの中では一番身長が低く、頭に着けているカチューシャが中々に可愛らしい少女である。優花のきらきらと輝かせる大きな目と、自信ありそうに憎たらしく笑う口元を見て、知美はこんな妹なら欲しいかも、と第一印象で感じた。
「じゃあ、次は水無さん。歌ってもらっていいかな?」
 すると、優花は元気に返事をして、マイクの前まで走った。

 優花は、震える手でマイクをスタンドから取り、しっかりと握りしめ、ふう、と大きく息を吐いた。緊張するのも当然である。優花は今まで、人前で歌ったことがなかったのである。それでも、歌詞が表示されるモニターではなく、彼女は軽音楽部の先輩たちを見た。
 と、前奏が始まった。星空を思わせるような、きらめきを感じる伴奏である。
 そして、それからすぐに優花は歌い始めた。いや、歌と言うよりかは、幸せそうなため息とも取れるような声を、穏やかな音楽にのせたのである。というのも、彼女は歌詞としては表示されることのない、坂井泉水さんのコーラス部分から入ったのであった。
 ただ、やはり少々声が上ずっており、本人もそのことに気がついて焦った。
 それから曲のテンポはドラムの参加と共に一気に加速し、軽快なサビへと入った。
『ZARD – 息もできない』
 坂井泉水さん作詞のこの曲は、織田哲郎さんの作曲によって、底抜けに明るい曲となっている。ただし、明るいとは言っても元気でパワフルな曲と言う意味ではない。
 まず、『息もできない』は、歌詞がストーリー仕立てになっている曲である。
 主人公である若い女性が、相手の男性の鼓動が聞こえる距離にいることや、彼女が見ている景色からして、おそらくバイクで二人乗りをしているような様子が描かれているのが分かる。
 しかも、そうした情景だけではなく、過去の失恋を乗り越えた主人公が、新しい恋愛に胸をときめかせていること、甘い悩みに胸を締め付けられていることや、そして、まさに『息もできない』くらいに心から相手の男性を好きになっているという、主人公の女性の気持ちそのものが、坂井泉水さんのやさしい歌声を通してはっきりと伝わってくるという曲なのである。
 この曲を、優花は実にうまく歌った。
 うまく歌ったというのは、歌唱力の問題ではなく、表現の仕方である。
 優花は、歌声に感情を乗せることはもちろんのこと、しかしそれ以上に、体の動きや表情の変化と合わせて、歌詞の主人公の気持ちを表現しているのである。
 同時に、そうした点もそれまでの六人とはかけ離れているのだが、知美は彼女の歌い方にも注目した。というのも、優花は曲の主人公に、失恋をしていたという過去を持たせないほどまでに、一切の影を作らなかったのである。それだけに、彼女が歌う主人公は、より乙女に、より女子高生が見たい恋愛へと変化していた。つまり、
 下校時間になって、自転車に乗る意中の彼の後ろに乗せてもらう、春先の帰り道。
 というようなイメージを、その場にいる全員に持たせたのである。

「ああ……。キンチョーしたー……」
 照れているのか、優花はマイクをスタンドに戻しながら言った。いや、戻そうとして手元を滑らせ、危うくマイクを床に落としてしまいそうになった。そうした姿は、先ほどまで実にパフォーマンスらしいパフォーマンスをしていた少女とは思えず、知美は少々呆気にとられた。
「……えっと。水無さんは、どうしてこの曲を選んだの?」
 それでも、知美は他の志望者たちにしたように、そう質問した。
「その……。私は歌う時とかって、聞いている人が元気になったり、明るくなったりできるように歌おうって心がけてて……。っていうのはちょっと恥ずかしいですけど、でも音楽って音で楽しむって書いてあるじゃないですか。だから、こう、なんていうのかな……」
「……? どうぞ。なんでも言って?」
 もじもじとして中々続きを話さない優花に、知美は言った。
「みなさんの顔を明るくさせようと思って……」
 意識はしていなかったが、知美はそう言われて、優花が歌うまで自分たち審査する側が険しい表情をしていたということに初めて気がついた。
 ほう、と知美は思わず感嘆の息を漏らした。
 確かに、優花が歌う時に込めていた想いはしっかりと伝わってきていたし、実際のところ、彼女が歌っている間はずっと微笑みっぱなしだったのである。それに何よりも、人を楽しい気持ちにさせるように歌うという、本人のそうした姿勢が良かった。
 同時に、彼女のパフォーマンスを見た知美は、ようやく音楽祭でHBASと渡り合うことのできる未来が見えたため、すでに彼女のことを気に入っていた。
「ブチョウ。次の人、誰にする?」
 言われて、知美は感心している場合ではないことを思い出した。音楽祭に必要なボーカルの最低人数は二人である。一人は確実に水無優花を選ぶとして、後の一人は誰にしたものか。
「やっぱり、シラトリさんが一番気になるよね」
 こそり、と隣の部員が、知美に耳打ちをしてきた。順番を待っている一年の中で唯一ギターを持参している、金髪女子のことを言っているようである。
 言われて、知美は手元の資料を見た。
 白鳥愛子(しらとりあいこ)。……それが彼女の名前であった。
 知美は白鳥愛子を見た。彼女の姿勢や目などに注目し、その様子をうかがった。見ると、水無優花があれだけのパフォーマンスを披露したことで、順番を待っている女子たちはおろか、歌い終えた女子たちですら自信を無くしているように見えるというのに、その中でも白鳥愛子だけは、全く動じていないようで、変わらず毅然としているのであった。
 もしかしたら、ここで彼女に歌わせるのは面白いかもしれない。知美はそう考えた。
「じゃあ、次は白鳥さん。歌ってください」

 白鳥愛子は、ポケットから包み紙を取り出して、口の中のガムを吐いた。
 それからギターケースを開け、中から一本のエレキギターを取り出した。ギターのセッティングとチューニングを終え、そうして愛子はマイクスタンドの前に立ち、準備を完了させた。この時点で、知美は良くも悪くも白鳥愛子に期待をしていた。
 準備を終えた愛子は、カラオケを操作する部員に顔を向けて小さく頷くと、きりと眉をひそめて前を見た。力強い眼である。彼女の美貌もあって、凛然とした態度に拍車がかかった。
 と、イントロからいきなりのギターソロ、それも激しい速弾きが始まった。そこから囁くように歌う英文歌詞と、続くバスドラムの重たい音色で、場の空気が完全に変わったのである。
 そうして、前奏部からAメロへと入り、愛子は歌い始めたのだが、その歌声はやや低めで、年齢の割に大人びているように思える声であった。
『ZARD – Lonely Soldier Boy』
 この曲は、ZARD二作目のアルバム『もう探さない』にしか収録されていない曲である。初期のZARDらしく、ドラムの音色と激しいギター演奏による、非常にロック色の強い曲なのだが、しかし、最大の特徴は歌詞の内容と曲調の見事な融合にあった。
 というのも、この曲の歌詞は、優花が歌った『息もできない』とは正反対に、男女の肉体関係が前面に出ている、大人な雰囲気がある歌なのである。その上、曲自体も、全力で悩む女性の想いと言うものが伝わってくるような、ハードロックな楽曲なのである。
 まず、愛子は出だしの部分を、艶めかしさを感じさせない程度に色っぽく歌った。やろうと思えばもう少し熱を出せるのだろうが、しかし、愛子がここで抑え気味で歌ったのは、全体に抑揚をつける以上に、女子高生が歌うことで背伸びしているように思わせないためであった。
 そこから曲は転調したのだが、愛子は曲の流れに身を任せた。それまでと同様に丁寧に歌いながらも、声を力強くし、ノリに乗って激しくギターをかき鳴らしたのである。
 部室内の誰もが彼女の空気に飲まれていた。高い歌唱力と、圧倒的なギターテクニックで、その場にいる全員を魅了したのである。だが、愛子はここからが凄まじかった。
 サビに入ると同時に、愛子は叫ぶように声量を上げた。
 それまで抑え込んでいたものを、一気に吐き出すかのようなシャウトである。それでいて、決して品がないとは思わせずに、聞いているとむしろ、爽快感が胸の中を駆け巡るように歌うのである。聞く側にそう感じさせるのは、技量や、彼女特有の、癖のある歌い方もあるのだろうが、やはり愛子の声が、低くもはっきりと通るからであった。
 ふと、知美は隣を見た。彼女の隣にはギターを担当している部員が座っているのだが、その部員がリズムを取っていたのである。しかも、その部員は手で口元を押さえるようにして腕を組んでいるのだが、抑えきれずに笑みをこぼしているのが、知美の位置から分かった。
「あの子と組んだら、絶対に楽しい!」
 おそらく、そう考えているのだろう、と知美は思った。いや、実際、知美自身も同じ気持ちになっていた。そう思わせるだけのものを、愛子は魅せているのであった。

 白鳥愛子が歌い終わった後、知美も予期していなかったことが起こった。
「……どうですかね? 二つあるボーカル枠。一つはあたしで決定じゃないですか?」
 まず、大胆不敵にも愛子がそう言った。挑発しているのか、それとも単に自信があるだけなのか、ともかくそう言う彼女は、歌っているときよりかは、やさしい顔つきをしていた。
 しかし、愛子の言葉を聞いたからか、順番を待っていた女子たちと、さらには歌い終わった女子たちまでもが、突然、オーディションをやめると言い出した。
 一様に、愛子に勝つ自信がない、という理由であった。
「いやいや。別にバンド内で勝った負けたなんて言わなくていいんだって。私らが勝たなきゃいけないのは男子軽音のほうなんだから」
 と、知美が説得するも、彼女たちは結局、自信のなさそうな顔をして部室から出て行ってしまった。それだけ、愛子の歌を聴いて衝撃を受けたということである。実際、愛子の歌唱力は完全に高校生レベルを超越していたのである。自信を無くすのも無理もない話である。
 ところが、そうして続々と部屋を出るものがいる中で、部屋から出ない女子がいた。
「……水無さんは、どうする?」
 水無優花だけは、ちょこんと椅子に座ったままでいたのである。
「残りますよー。ここ以外で私のやりたいことができるとこってなさそうですし」
 にへへと笑う優花を見て、と知美は安堵した。
 それにしても、やはり白鳥愛子は中々の曲者だ。ギターを片付ける愛子を見ながら、知美はこれから先、愛子が暴走したりはしないか、と心配にもなった。
 ともかく、そうして知美は、二人のボーカルを揃えることができたのであった。


 その四・白鳥愛子

 白鳥愛子をどう扱ったらいいものかと、教師たちはずいぶんと頭を悩ませていた。
 まず、愛子は服装の乱れがひどかった。入学式の時点でどうだったかは、今となっては誰も覚えていないのだが、その翌日の時点で、彼女は髪を金色に染め、着用を義務付けられているリボンを着けず、スカートの丈も短くして、全校生徒の注目を集めていたのである。
 これだけでも、十分問題だったのだが、彼女は日が経つにつれて、イルカや帆立貝の刻印が入ったイヤリングを身に着けたり、鳩をかたどったネックレスを首にかけたり、さらには左手中指にバラの指輪をしたりと、校則違反数を増やしていったのである。
 学校としては、これを見逃せるはずがなかった。やはり、彼女一人がそうした格好をしていると、長い伝統を持つ月宮高校の沽券に係わるのである。とはいえ、注意したところで愛子が引き下がるわけもなく、それどころか、彼女に睨まれては何も言い返せなくなるのであった。
「いや……。あれはだめですね……。今までにいろんな悪ガキを相手にしてきましたけど、白鳥に限ってはだめですよ……。悪ぶってる連中なんてえのは、どれだけ強がってもガキンチョじゃあないですか……。……でも、彼女の場合は、違うんですよ。眼が……」
 というのが、長年、不良生徒たちを相手にして、月宮高校の風紀を今の高い水準にするために貢献してきた教師の言葉である。それだけに、教師たちは完全に怖気づいてしまっていた。
 ただ、教師たちが言い返せないのは、何も彼女が恐いからというだけではなかった。
 それと言うのも、白鳥愛子は非常に優秀な成績を収めているのである。愛子は入試の時点ですでに群を抜いて成績が良かったし、新入生テストにいたっては国語で簡単なミスがあっただけで、それ以外の教科は満点だったのである。
 いや、ただ単に点数が高いだけではない。提出された愛子のノートが職員室で話題になったことがあったのだが、彼女のノートは参考書としてそのまま出してもいいのではないかと思うほどに綺麗にまとめられていたのであった。同時に、彼女がいかに勉学に対して真剣に取り組んでいるか、どれだけ努力しているかがよく分かるノートでもあった。
 それだけに、白鳥愛子のような例は月宮高校始まって以来、初めてのことで、なぜ成績のいい彼女がここまで品位に欠けるような格好をしているのか、教師たちにはわからなかった。
 
 四月二十九日。
 帰り支度をしている生徒や、帰るそぶりも見せずに友達と他愛のない世間話をしている生徒などで賑わっている教室の中で、ひときわ目立つ生徒が一人いた。
 長いくせ毛を金色に染めた、白鳥愛子である。
 四月が終わりに近づいた今でも、廊下を歩けば誰からも注目されているのだが、彼女は決して、ただ目立ちたいがために髪を染めているわけではなかった。いや、どんな理由がそこにあるにせよ、誰からもガラの悪い女だと思われていることには変わりがない。
 その愛子は、放課後になると真っ直ぐに部室へと向かっていた。最初の一か月は部員たちとの交流を深めるという目的で、練習もそこそこに遊ぶことの方が多かったのだが、今日からは音楽祭に向けて本格的に作戦を練ると聞いたからである。
 と、部室の扉を開けた時であった。
 ちょうど外に出るところであったらしく、開けたすぐ目の前に水無優花がいた。
「もう! 白鳥さん、遅かったじゃない! これから呼ぶところだったんだから!」
 優花は愛子を見るなり、腰に手を当てながらそう言った。そうした優花の姿に違和感を覚えた愛子は、狼狽して二三秒ほど固まってしまったのだが、すぐに部室の中へと入った。
「……え? なに? いつも通りの時間に来たと思うんだけど……。てか、水無さん。今日はやけに元気だね。いつも元気だけど。どうしたの?」
「どうもしてないよ! 早く部屋に入りなよ!」
 女子軽音楽部の部室内は、それなりの広さのあるしっかりとした造りのスタジオである。ただ、男子軽音楽部の部室から離れた位置にあるこの部屋は、その場所の関係上、もともとはダンス系の部のために造られていた。そのため、室内には手すり付きの大きな一面鏡が設けられているのである。そうした部室内には、楽器やパイプ椅子が適当な場所に置かれており、そして練習に励む部員たちがいるのだが、愛子はその中にいるはずの部長を探した。
「あの……。水無さん、どうしたんスか? 昨日までヤメルって喚いてたのに」
 部屋の中でゆったりとしている知美先輩に、愛子は鞄を下ろしつつきいた。
 それというのも、先日、優花は女子軽音楽部が自分の思っていた部ではないと騒ぎ、あげく部室を飛び出したのである。聞くところによると、彼女はもともとアイドルを目指していたのであって、バンドのボーカルになるつもりはなかったのだという。
「いやあ。やめる前にせめて、ってこれを見せたのよ」
 知美先輩は、テレビとソファーが置かれた、部屋の隅の視聴覚スペースにいた。そして、彼女は手元のリモコンで、目の前にあるボロボロの小さなブラウン管テレビを差したのである。
「……何のビデオスか?」
「去年の音楽祭の様子を撮影したDVDだよ」
 テレビには、学術ホールのステージに立っている女子軽音楽部員が映っていたのだが、ちょうど演奏が終わったところであった。テレビが低い位置に置かれてあることもあって、愛子はこれを少し前かがみになりながら見ていたのだが、すると、急に背中に重みを感じた。
「ねえ、すごくない? 入学式で校長先生とかが立ってたあのステージで歌うんだよ」
 はしゃぐ優花が愛子の背にひっついたのである。
「まあ、確かに面白そうだね。……でも、見るならあたしも呼んでくれればよかったのに」
「悪い悪い。愛ちゃんも気になるようなら、DVD借りてってもいいよ。私の私物だし」
「それより早く音楽祭のことについて話し合いましょうよ!」
 愛子の背中に手を当てたまま、優花はぴょこぴょこ跳ねた。これを煩わしいと思ったわけではないが、愛子は体を起こして優花をのけ、彼女の方に視線を向けた。見ると、優花の瞳がきらきらと幼い子供がするように輝いていたのである。それを見た愛子は、なるほど、少なくとも彼女がそうなるだけのものがここにあるのか、と再びテレビの方に向き直った。
「まあまあ。焦らないの。ほら、いつまでも騒いで内で適当にその辺に座って」
 と、タイミング悪く、テレビの電源が切られてしまった。
「話し合うのはあたしも賛成だけど、……水無さん。音楽祭のルールって覚えた?」
「覚えてない!」
 えへん、と優花は胸を張って即答した。
「ということで、愛ちゃん。復習も兼ねて、先に音楽祭の説明をしていこう。他の一年たちもよく聞いておいてね。……あっ。それちょっとこっちに持ってきて」
 知美先輩は立ち上がって、部員の一人にホワイトボードを移動させるように指示をした。
 それと同時に、部員たちは知美先輩と移動されたホワイトボードを中心にして、パイプ椅子を持ってくるか、あるいはその場に座るなどして集まった。
 愛子も適当にパイプ椅子を持ってくると、優花の隣に座った。
「順番に説明していくと、まずは音楽祭の成り立ちかな……。これは、女子軽音楽部ができることに直結してるんだけどね? そもそも、音楽祭ができる前の軽音楽部って、今みたいに女子と男子で別れてなかったんだって。少なし、二〇〇四年までは一つだったらしいよ」
「へえー。それが何で、別れちゃったんですか?」
 手の中でボード用のペンを弄びながら説明する先輩に、優花はきいた。
「当時の軽音楽部の、男女の間でいざこざがあったらしい。その時何をきっかけに喧嘩になったのかは、もう知ってる人はいないんだけどね。でもとにかく、それでその年の文化祭は面倒なことになったらしくて。……そりゃだって、軽音楽部は一つなのに、二つ分の時間を取らせろって言われたら、何ともならないよね。喧嘩してる最中だったわけだし」
「だから、音楽祭でどっちが文化祭に出るかを決めようってことですか」
「そういうこと。ただ今は一応、女子と男子で別々の部になってるわけだから、わざわざ音楽祭なんてする必要はないらしいんだけど。まあ、この学校の伝統みたいになってるから」
 と、知美先輩は簡単な図を書きながら説明したが、しかし、それはあくまで女子軽音楽部の中で通っている説、いや、噂に近かった。知美先輩は一年の頃に彼女の先輩からそう聞かされていたのだが、その先輩は当然ながら二〇〇四年に月宮高に在学していたわけではないのである。それどころか、九年前に始まったこの音楽祭について、その成り立ちや当時のことを正確に知る者は、そもそもこの部室にはいなかったのであった。
「そう言うわけで、月宮高校では毎年、音楽祭をやってるわけだけど、それも今年で九回目だね。ルールなんかは毎年ほとんど変わってないし、簡単なもんだよ」
 言って、知美先輩は一度、書いた文字を消した。
「期間は音楽祭は夏休み明けの九月の初週から、文化祭が始まる前の十月末までだね」
「入部してちょっとした頃にそれ聞きましたけど、長いッスよね」
 愛子は思わずそう言ったのだが、それも無理もなかった。実際のところ、音楽祭に一か月もの期間を使うというのは、聞かない話である。文化祭でさえ、長くてもせいぜい三日程度で、他の行事でも一か月を越えるなどと言うものは存在しないからである。
「長いよ。今年の場合は開始が九月七日かな? たぶんだけど。……それから毎週土曜日にやるはずだから、期間どころか歌う回数も結構多いね。だいたい八週間から九週間ぐらいだと思うし。……さて、ちょっと前置きが長くなったけど、ルールは簡単。愛ちゃん、覚えてる?」
「たしか、毎週決められたお題に合わせた曲を歌って、より票を得ることのできた方がその週の勝ち点を獲得できる。それで、音楽祭最終日の時点で勝ち点の多い方が優勝。でしたね」
 唐突に話を振られるも、愛子はすぐに答えた。
「その通り。物覚えがいいね」
「いえ。……ところで、この票っていうのは、全校生徒と先生からでしたよね?」
「そうだよ。ちなみに、先生の票も生徒と同じで、一律一点の計算になるから。……あと、忘れちゃいけないことと言ったら、お題の選ばれ方だね」
 知美先輩はそう言いながら、今度は文字と一緒にイラストを書き足していった。
「毎週のお題は、文化祭実行委員会が引くクジで決まるんけど……。これが、週ごとに歌い終わった後で引かれるのよ。……つまり、一曲一曲の準備期間はたったの一週間しかないっていうこと。しかも、当日になって曲を変更とかはできなくて、歌う曲を決めたら前日までに音楽祭を仕切ってる人たちに教えて登録しておいてもらわないといけないの。……まあ、でも、例えばロックとか、バラードとか、そういう毎年でてくるお題もあって、ある程度は予想がつくんだけどね。……そう言うわけで、今日はとりあえず歌う曲を決めていこう」
 さっと素早く、知美先輩はホワイトボードを綺麗にした。
「まずは初週の曲。さっき言い忘れたけど、初週はお題がまだ決められてないじゃない? だから選曲は自分で自由に決めることができるよ。なんにする?」
 と、知美先輩は愛子と優花を見ながら言った。
 他にも部員たちがいる中で、明らかに視線を二人に向けたのである。
「えっと……。選択権はあたしたちにあるってことッスか?」
「もちろん。音楽祭でみんなが一番見るのは、やっぱりボーカルの二人だもの。それに、さすがにお題が決まる二週目からの選曲は一緒に考えるけど、どうせ自由なら、自分の歌いたい曲を選んじゃいなよ。自分に合ってる曲とかでもいいし」
 愛子は腕を組みながら考え込んだ。テーマに合わせた曲を選ぶのも難しいが、自由に決めていいと言われると、それはそれで漠然としていて何を選べばいいのか悩んでしまう。
「でも、何を歌えばいいか、よくわからなくなりますね」
 愛子と同じことを考えていたようで、優花が苦笑いしながら言った。
「そうだろうねえ。一年生で音楽祭のメインボーカルをした人ってそんなにいないし、音楽祭自体を経験してないのに、いきなり決めろって言われても難しいよね。……まあ、どうしても自分で選べないっていうなら、みんなで相談して選曲するけど。ただやっぱり、女子軽音楽部としては、できれば自分で選んでほしいね。自分が知らない曲を歌うよりも、自分の知ってる曲で、特に思い入れがある歌とかなら感情を込めて歌えるでしょ?」
「それはそうですけど。それだとなんだか、わたしたちの我がままでバンドを振り回してるような気がして、ちょっと気が引けちゃったりしますね」
 優花の言ったことに関しては、愛子も同意見であった。軽音楽部に入るときはまだ部外者であったこともあって、勢いづいたことも言いたい放題であったが、いざ部の一員になると、部員たちに迷惑をかけるのはどうか、という考えが働くのである。
「気にしない気にしない。私ら楽器担当は、ボーカルの二人が全力で歌える舞台を作る担当だから。むしろ先輩後輩なんて関係なしに、ステージじゃ背中を預けさせておくれよ」
 ふと、愛子は先輩たちを見た。軽音楽部に入りたての頃は、廊下ですれ違う生徒たちがするのと同じような目で見られていたこともあったが、今は誰もそんな目で見てはいなかった。
「……だって。水無さんは、何か候補とかある?」
 変な目で見られることには慣れているというのに、期待されているということに気がついた愛子は、そのことが妙に恥ずかしくなり、不意に眼を反らした。
「えっ? 白鳥さんはもう決めたの?」
「あたしは、先輩の話聞いて決めたよ」

 
 その五・犬神賢悟

 四月三十日。
 放課後になり、帰宅しようとする生徒や、部活に向かおうとする生徒たちで校内が賑わっている中で、一人の男子生徒が悠々と廊下を歩いていた。と、男子の前に何人かの女子生徒が飛び出し、そのうちの一人が足をもつれさせて転びそうになった。
 これを見た男子は、咄嗟に彼女を支え、助けた。
「す、すいません!」
 女子生徒は反射的に体勢を整え、すぐに謝った。
「いや、いい。気を付けて歩きたまえ」
 男子生徒は深みのある声で優しく言った。そして、その場を去って行った。
「今の……。犬神先輩……?」
 犬神賢悟に助けられた女子が、呆け気味に言った。
「見た見た! チョーカッコよかった!」
「やっぱりかっこいいね、犬神先輩。あんなカレシほしーわー」
 と、戻ってきた他の女子たちが、何とも楽しそうにはしゃぎだした。
「わあ……。あの人が音楽祭に出るんでしょ? やっぱり歌、うまいのかな」
「そりゃ、チョーうまいよ! てか、うっそ! 音楽祭でるのあの人! チョーたのしみ!」
 そうして話題にされる犬神賢悟は、実に機嫌がよかった。
 賢悟は一年生の時に、ボーカル志望でHBASに入部し、これまでに二度の月宮音楽祭をその眼で見てきていた。ところが、彼はただの一度もステージの上で歌ったことがなかった。賢悟は三年生になる今まで、音楽祭に出ることができなかったのである。
「おまえの歌じゃあ、音楽祭で勝つことはできないよ」
 というのが、一年の頃からボーカルを志願し続けた賢悟に対して言った、当時の先輩たちの言葉である。彼は自分の歌に絶対的な自信を持っていたし、事実、彼の歌唱力は並みのものではなく、その容姿もあって、少なくとも学校中の生徒を虜にするだけの力があった。だからこそ、賢悟は先輩たちの言葉の意味が分からず、ずいぶんと悔しい思いをしていたのであった。
 とはいえ、その先輩たちは全員、卒業した。三年になった賢悟は部長となり、自らをボーカルとして、今回の月宮音楽祭に臨む気でいたのである。
 これで、ようやくスタートラインに到達したのであった。
 しかも、今年は予想以上に新入部員を確保できたため、幸先が良かった。
 特に、音楽祭のルールの性質上、一週間で曲を完成させなければならないボーカルはもちろんであるが、この短い時間で二曲も演奏しなければならない楽器担当も大変だからである。
 幸い、音楽祭に出場するメンバーの内、ボーカル以外は何人いても問題がないため、担当する曲を分担することができる。いや、むしろ分担する必要があった。そのため、部員は多いほど有利となる。どんなお題が来るか分からないとはいえ、少なくとも歌うことになるジャンルは、いくらか予想することができるからである。そうなると、夏休みに入る前と、夏休みに入ってからの合宿は、徹底して事前に選曲を練って、音楽祭に備える期間となるのである。
「……ふむ」
 賢悟はそうした先のことを考えていると、いつの間にか、にやり、と笑っていた。自分が主導権を持った状態で、音楽祭を制する手はずが整っていくことを実感できたことが、嬉しかったのである。つまり、賢悟は音楽祭に勝つことだけを考えていたということである。文化祭のことなど一切考えず、音楽祭での勝利に固執し、そのためだけのメンバーを探して、そして、駒が着実に揃っていっていたため、機嫌がよかったのであった。
 賢悟が音楽祭での勝敗そのものにこだわっていたのには、訳があった。それというのも、彼は音楽祭で優勝し、結果を残す必要があったのである。
 賢悟はもともと、歌手と言うものに憧れていた。幼いころから歌手に憧れを抱き、いつか自分もそうありたいと願い続けていたのである。ところが、幼い子供の小さな希望は、彼の両親の手によって打ち砕かれた。現実主義な両親は、叶うかもわからない夢に現を抜かすよりも勉学に励み、まっとうな職に就くように教育してきたのである。
 小学生の賢悟にとっては、親の意見は絶対的な力を持っているように思えていたため、彼は泣く泣く夢を一度あきらめ、ただ漠然とした将来の希望だけを持ち、漂う霞の如く生きていたのだが、中学二年の頃に、このことに疑問を抱いた。
 本当にこのままでいいのか?
 他人の意見に左右される程度で、終わりにしていいものなのか?
 そうしたことを考えながら、かつて自身が憧れた歌手を見てみると、そこには自分の意思を貫き、自分が主張したい想いを歌にする人の姿があった。
 中学生ながら、自分もそうした強い大人になりたい、と賢悟は思い、同時に、周りの人間のように夢もなしに生きていく空っぽの人間にはなりたくはないと、強く決めたのである。
 それからというもの、賢悟は歌手になるために、必要な努力はすべてした。それこそ、血反吐を吐きながら一心不乱にである。そうして非常に高い歌唱力を得ることができても、彼の両親は賢悟が歌手を目指すことに対して、首を立てには振らなかった。それゆえに、賢悟は音楽祭と言う歌合戦で、一番になる必要があったのである。全ては結果を残すためである。
「やあ、諸君!」
 と、賢悟はすかっと勢いよく通る声を出しながら、部室の重い扉を開けた。
「もう四月も最後だ! そろそろ音楽祭で歌う曲を決めておこう!」
 さすが、建物自体にかなりの金がかかっているというだけあって、本格的な音楽スタジオとなっている軽音楽部の部室内では、部員たちが雑談をしていたり、あるいは自主的に練習をしていたりと、中々に騒がしかったのだが、部長の一声で全員が集まった。
 同時に、賢悟はその中で、賢悟は眞琴を真っ先に探した。先月HBASに入部した竪石眞琴に、賢悟はずいぶんと期待を寄せていたからである。
「えっ? もう今日決めちゃうんです?」
 探すまでもなく、眞琴の方から声を上げた。
「もちろんだとも。なんせ、一人につき十曲近く、楽器担当からしたら二十曲近くも準備しなければならないのだからな。早めに決めておくに越したことはないさ」
 言いながら、賢悟は部室内にある畳まれたパイプ椅子を広げ、適当な場所に座った。そうすると、眞琴を含め、他の部員たちも賢悟の周りに集まった。
「毎年のことだが、最も慎重に決めねばならんのは初週に歌う曲だ。音楽祭の初週は、ジャンルやテーマが決められてないから自由に曲を選べるのだが、……これが考え物でな」
「ボーカルの人のイメージとか、第一印象が決まっちゃうもんな」
 賢悟の近くに座っている、彼と同学年の部員が言った。
「そういうことだ。特に、初週で『自分に合わない』と思われてしまっては、それ以降、何を歌ったとしても同じように思われてしまう確率が高いし、なにより先入観を払拭することは難しい。……となると、人気な曲だとか、あるいは盛り上がることのできる曲を選んだ方がいいことになる。まあ、初週に限らず、どのジャンルが来ても同じことが言えるがな」
 おほん、と賢悟は咳払いをして、一息入れた。
「さて、竪石。そう言うわけで、まずはお前の曲を考えよう。なにか案はあるか?」
「人気な曲、ですよね。……そうですねえ」
「ちなみに、お前の好みの曲や、影響を受けている歌手って言ったら、どういうものになる? 入部した時は、ドリカムさんの曲を選んだよな」
 賢悟がそう言うと、あれはよかった、と部員たちが口を揃えて言った。
「ううむ……。僕は、例えば、藤原基央さんの書く歌詞とかが好きですね」
「ほう……。バンプの藤原さんか」
 眞琴が歌うバンプは、意外性があって面白いかもしれない、と感心したのだが、同時に、なにかしっくりこないとも感じた。それは、賢悟だけではなく、他の部員たちも同じ様であったが、その主な要因として考えられるのは眞琴の見た目であろうと、誰もがすぐに思った。
 少し幼くも見える爽やかな眞琴の容姿と、彼の歌声が、イメージと合致しないのである。
「えっと……。ちなみに、音楽祭を見てきた先輩方からしたら、どんな曲を選びます?」
 あまりにも賢悟たちが渋い顔をしたため、慌てて眞琴はそう言った。
「そうだなあ……。……俺が思うに、竪石に合う曲と言えば、スピッツさんの『チェリー』や槇原敬之さんの『どんなときも。』なんかが思い浮かぶんだが。……みんなはどう思う?」
「そうですねえ……。小田和正さんや平井堅さんの曲は、どれも合うかと」
「……僕って、そう言うイメージですか?」
 苦笑いしながら、眞琴は返した。だが、賢悟たちが選んだ曲は、眞琴の第一印象とぴったりかみ合う上に、眞琴ならば綺麗に歌い上げられそうでもあった。しかも、それだけでなく、この場にいる全員が、ほぼ同意見だったのである。
「しかし、誰でも知っている曲を選ぶっていうことは、それだけで勝率が上がるものだぞ。例えば音楽番組なんかを見ていて、自分の好きな歌手が出演したり、ランキングに入ってたり、さらに言えば、コンビニなんかの有線放送で、たまたま自分の気に入っている曲が流れたりしたら、嬉しいだろう? 音楽祭や文化祭でも、そうした盛り上がりはかなり重要なんだよ」
「その上で、みんなが持つ僕のイメージに合う曲を選ぶってことですか」
「そう言うことだ」
 言われて、眞琴は少し難しそうに顔をしかめた。
 賢悟が言ったのは、とにかく票を勝ち取り、ただ音楽祭に勝つことだけを考えた、戦略的な選曲である。ただし、こうした考え方は音楽祭を歌合戦としてみるだけではなく、音楽祭をある種、競技的な催し物としてとらえて挑むということになる。
 つまり、自分がもとから持っている音楽性や人間性で勝負するのではなく、いかに見ている人に気に入られるかを重視するという歌い方が要求されるのである。
 おそらく、眞琴はこの部分が気にかかり、難色を示したのであろう。
 とはいえ、音楽祭の優勝は、文化祭に出る許可をもらえるという、軽音楽部として非常に大きな意味があるため、二三年の部員たちの全員が、同じ考えを持っていたのである。
「なら、『――』さんの『――』とか、どうですか?」
 眞琴はずいぶんと自信ありそうに、歌手と曲名を言った。部員たちの中には、その曲を知らない者もいたのだが、知っている部員たちは狼狽した。
 その中でも、賢悟は眞琴の選曲に驚きはしたものの、ふむ、と考え込んだ。
 賢悟からすれば、音楽祭での優勝は文化祭に出ること以上に自分の人生を左右するため、可能な限り勝率の高い曲ばかりを選んで行きたいところである。実際、賢悟自身が音楽祭初日で歌う曲は、人気と盛り上がりと言う不可欠な要素を両方とも有する曲である。
 しかし、賢悟はそれでも、眞琴の選曲は面白いかもしれない、と思っていた。
 才能のある人間であれば、賢悟は誰であれ尊敬するような男である。だからこそ、眞琴に対しても、彼が一年ということを気にせずに対等に接し、彼の歌唱力を信頼しているのである。
「……竪石。お前はこの曲、どういう風に歌おうって思っているんだ?」
「あんまりしっとりとはしすぎないように、明るく歌ってみたいとは思ってますけど」
 ふむ、と賢悟は、どうすれば、彼の選んだ曲を、最大限に利用できるか考えた。
「……よし。竪石。サビまではギターの弾き語りでいけ。サビに入ったところで他の楽器が入るようにすれば盛り上がりもできるし、全体に抑揚もつくだろう」
 いや、仮にこれで眞琴の選曲が外れたとしても、自分が眞琴の分も票を取ればいいだけの話である。それだけのパフォーマンスをする準備が、賢悟にはできていた。


 その六・音楽祭実行委員会

 六月三日。
 生徒会の定例会議が終わった後で、文化祭実行委員の面々は会議室に集まった。ただし、全員が集合したのではなく、弘樹たち音楽祭を担当することになっているものたちのみである。
「……さて。えー。今日の生徒会会議を聞いていて知っての通り――」
 と、音楽祭担当代表が声高に始めた。
「我々、えー、音楽祭担当は本日付で、音楽祭実行委員会として、えー、文化祭実行委員会から独立することになった。……あー、真鍋くん。後を頼む」
 すでに書類の執拗なページを開いていた弘樹は、すぐに十数名の先輩や同期の前に立った。
「まず、独立するに至った経緯ですが……。先の生徒会会議でも言われたように、文化祭の準備と音楽祭の進行を同時に、かつ、円滑に行うために独立することになりました」
「一年は知らないだろうけど、えー、今までは音楽祭と文化祭、両方の人員が入り乱れて、まあ、かなり大変なことになってたからね。何をすればいいか分からない人も多かったし」
 その時期のことをよく知っている二三年生たちが、そろって一斉に苦笑いをした。
「それから、独立したことによって、文化祭とは別で予算をもらえるようになりました。これで今後は音楽祭を、今まで以上に大きく動かせるようになります」
「具体的にはどう変わるんですか?」
 と、一人が手を上げながら質問をした。
「具体的には、投票制度の変更です。……ちょっと待ってください。ええと、これまでの規定ですと、男女両バンドが課題曲を歌い終わった後、学術ホールに集まった観客が事前に渡された用紙に歌った人の名前を記入して投票する、という形でしたが、今年からは放送部にも予算を回して、それからパソコン技能研究会、通称P研と連携します」
 言いながら、弘樹はペンを持ってホワイトボードの前に立った。
「変更点としましては、携帯電話によるメール投票と、P研が作成したスマートフォンのオリジナル専用アプリからの投票の追加です。簡単に説明しますと、出場者のうち、ボーカル四人にそれぞれのメールアドレスを割り振って、そこにメールを送信させるという形にします。これによって、投票の集計がいくらか楽になるでしょうし、同じ人からの複数票を除外することもできるので、ある程度、不正ができないようにはなるはずです」
「ただし、えー。複数票を除外するっても、出場者一人に対しての複数票だな。だからこれまで通り、えー、投票者には出場者一人ずつに一回ずつ投票する権利があるということだ」
 音楽祭実行委員長となった、元音楽祭担当代表が補足した。
「それと、放送部との連携強化ですが、これには二つ理由があります。一つは、音楽祭をネット上で生放送配信するためです。もちろん、本校の生徒で事情があって学校に来ることができない人のための配慮でもありますが、学外の方でも本校のホームページ上から音楽祭の様子を視聴、および、メール投票できるようにすることが目的です。二つ目は、収録した映像を動画投稿サイトに出すためです。音楽祭自体を見逃した人や、その時間に見ることのできなかった人以外にも、音楽祭をもう一度見たいという要望が多かったので、このようになりました」
「あー。学校側としても、これで多くの中学生に月宮高を知ってもらって、えー、来年の定員割れを防ごうって魂胆があるんだろう。実際、えー、今の二年生の年は定員割れしたし、それに今回の企画を出したらすんなり許可が出たし」
 そうして委員長が補足をした後、再び質問の手が上がった。
「音楽祭自体のルールに変更はあるんですか?」
「ルールそのものの変更は、基本的にはありません。従来の音楽祭と同様に、夏休み明けの九月から文化祭が始まる十一月まで、毎週土曜日に行います。……念のため、一応ルールの説明をしておきますが、音楽祭で歌を競うことになる男子軽音楽部と女子軽音楽部からは、それぞれ二人ずつ、ボーカル担当を出してもらいます。この四人には、初週と最終日以外、毎週、決められたジャンルやテーマに沿った曲を歌ってもらい、観客はそれに投票して順位を決めてもらいます。……それと、音楽祭に出場できるバンドメンバーは、事前に登録をした人だけで、原則、助っ人の参加は許可しません。これも、従来のルールと同じですね」
 ある程度、必要なことを説明し終わった弘樹は、ふう、とそこで一息ついた。
「まあ、大まかなところはそんなところだ。細かい変更なんかは、あー、各自、配布された資料を読んでおいてくれ。分からないことがあったらオレが説明する」
 それからも、この日は長い時間をかけて音楽祭の話し合いが続けられた。そうしてようやく会議が終わったのだが、弘樹は帰り際に、委員長に呼び止められた。
「真鍋くん。ちょっとこれを、二つのバンドに渡しておいてくれないか」
 言われて渡された用紙は、音楽祭に出場するメンバーを登録するためのものであった。
「登録期限は六月末だけど、六月に入った時点で用紙だけは渡とかないといけないんだ」


 その七・月宮音楽祭

 九月の初週ともなると、真夏のうんざりするような蒸し風呂地獄もいくらかましになってくるだろうと、誰もが思っていた。ところが、気温はまるで下がる気配もなく、早朝ですら蒸し暑いのである。そうした中で、真っ黒なスーツを身にまとった大人達は、じわりじわりと大粒の汗を浮かべながら、気力のかけらもないような顔で通勤していた。
 とはいえ、蝉と若者はどれだけ暑くとも、うっとうしいほどに元気があるものである。
 月宮高校でも、それは同じであった。
 この日、九月二日はちょうど長い夏休みがようやく明けて、今まで静かであった校内が、いまだ休み気分の抜けきっていない生徒たちで賑わっていたのである。もっとも、この日の騒がしさは普段以上でもあった。というのも、生徒たち、特に毎年の行事を把握しているに三年生は、始業式を心待ちにしていたのである。
 と、体育館に全校生徒が集まり終わった。それから、教員たちの準備が終わるまでのしばらくの間も、生徒たちは私語を続けていたのだが、校長のあいさつと共に、みな静かになった。
 二学期の始業式はまず、学校長の講和から始まった。普通ならば、先に国歌斉唱があるものだが、ともかく、教員たちも含めてほとんど誰も聞いていないようなそれは、やたらと長く続けられ、それからも新学期に向けたもろもろの連絡事項によって時間が潰された。
 そうして始業式が一通り進行した後であった。
「続きまして、月宮音楽祭の開会式を行います」
 教員がそう言うと、三人の生徒が壇上に上がった。一人は眼鏡をかけた地味な少女で、もう一人は身長の高い、端正な顔立ちの男子生徒である。
 と、同時に、待ってましたと言わんばかりに、生徒たちは一斉に歓声を上げた。
「静粛に。静粛に。……それでは、前年度月宮高校音楽祭で優勝したHBASを代表して、男子軽音楽部部長、犬神賢悟さんが、国歌を独唱し、国旗を掲揚します」
 音楽祭実行委員であるその女子生徒は、言った後で一度、マイクをスタンドに設置し、後ろに下がった。そして、代わりに隣に立っていた賢悟が、マイクの前に立った。
 そして、スピーカーから曲の前奏が流れ始めた。実にゆるやかで、しかし穏やかさではなく厳かな雰囲気を持った旋律は、体育館にいる浮足立った生徒たちを一瞬にして黙らせた。
『詠み人知らず(古今和歌集より) – 君が代』
 もはや、説明するまでもない、日本の国歌である。
 古今和歌集から選ばれたこの詩は、貴方の生きるこの世が、小石が大きな石になって、やがてそこに苔が生えるという、それだけ長く続きますように、という想いが込められている短歌である。
 海外に影響されたせいか、愛を求め、愛を押しつける現代では、おそらくあまり意識されることがないこの「相手を想う」という精神は、実に日本人らしく美しい。その上、この曲につけられた厳格な音色が、歌と相まって日本という国、人、文化、あらゆるものを、一度聞いただけで分かるほどに、見事に表しているのである。まさに、この国を象徴する曲である。
 賢悟と共に、体育館に集まった生徒たちは『君が代』を斉唱した。
「続きまして、前年度優勝のHBASから、優勝トロフィーの返還です」
 と、紅白の帯が取っ手につけられている、抱えるほどの大きさのトロフィーが、男子軽音楽部員たちの手から賢悟へ、賢悟から学校長へと渡されていった。
「……では、出場するメインボーカルを紹介いたします。まず、男子軽音楽部。HBASのお二人です。三年、犬神賢悟さん。一年、竪石眞琴さん」
 紹介されて、眞琴も壇上に上がり、賢悟の隣に立った。そして、二人は同時に礼をした。
 この時、体育館全体を包むかのような拍手が鳴ったのだが、堂々としている賢悟と、少しばかり照れくさそうに笑う眞琴を見て、特に女子生徒たちが歓喜した。
 男らしく力強く、だがむさくるしくなく、むしろ清潔感すらある犬神賢悟。
 優しそうな表情と、爽やかで可愛らしさのある竪石眞琴。
 タイプは全く違うが、しかし、だからこそ女子たちは彼らに惹きつけられていた。
「続いて女子軽音楽部。全力失踪のお二人です。一年、水無優花さん。一年、白鳥愛子さん」
 賢悟たちが上がったのとは反対側にある階段から、優花と愛子が壇上に上がった。
 と、階段を上がる途中、優花がこけそうになり、後ろにいた愛子がすぐに彼女を支えた。
「ばかっ。何やってんの」
「にはは。ありがと」
 小声で言いながら、二人は何事もなかったかのように、生徒たちの前に立ち、礼をした。
 すると、賢悟たちの時と同じように、体育館中から拍手が起こったのだが、そのほとんどは優花にだけ向けられたものであった。ただ、それは長髪を金に染め、きつい目つきをしている愛子がボーカルとして生徒の前に出たからこそ、ともいえるが、学校中の男子生徒たちから好かれている、愛くるしい姿の美少女、水無優花が壇上に立ったからでもあった。
「音楽祭の一週目は今週の土曜日、七日に。場所は例年通り、学術ホールで行います。今年はインターネット上での生放送、および、オンライン投票もあるので、詳しくは音楽祭実行委員が配布する資料をご覧ください。それでは、第九回月宮音楽祭を開催いたします」
 二〇一三年度、第九回月宮音楽祭は、そうして始まった。





音楽祭に入ってからは、
X Factorよろしく、毎週決められたお題に沿った曲を歌うようになるお話。
勝敗の決め方も、視聴者の投票システムで、審査員の点数システムは不採用。
ただ、いくら登場人物たちが選曲しているからとはいえ、
もちろん、曲を決めているのは私なわけだから、
ある程度は私の趣味が入ってくる感じになる。

まあ、私の趣味は全力失踪側に押しつけて
HBASは比較的誰でも知っているような名曲を歌わせているので
「好きな曲きたー!」な展開になるようにもしている
大体、どの年代の曲も私は好きなんだから
そんなことしなくても大丈夫なんだろうけどね

そんな感じ
でも、ほんとに起承転結の起の部分すぎてあれだね
しょうがないね
PR
コメントを投稿する

HN
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
カテゴリー

スポンサードリンク

最新コメント

[02/01 シーラ B]
[02/01 さと]
[01/23 シーラ B]
[01/23 さと]
[01/19 シーラ B]
最新トラックバック

プロフィール

HN:
シーラさん
性別:
非公開
バーコード

ブログ内検索

P R