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今は遠き夏の日々 ~学校七不思議編 その四~

 音楽室の噂


 六月二十日。

 その日は、雨こそ降ってはいないものの、梅雨の時期ということもあり、体にまとわりつく湿気と熱気が非常に強くあった。そうした中で、朝村香苗は私服で深夜の成上高校にやってきたのだが、目の前にいる制服姿の女子高生二人の背中を眺めていた。

 一人は、この蒸し暑い中でも、ブラウスの上に緑のパーカーを羽織ったままでいる柳瀬夕美である。そして、もう一人は、汗と湿気で下着が透けていることにも気がついていない、一条小夜子であった。

「やった! 開いた! さすがは小夜子さん!」

 施錠された正面玄関の扉を鍵もなしに、持ってきた小道具を使って開けてみせると、一条小夜子は自画自賛しながら小さくこぶしを握って振り返った。

「それじゃ、中に入ろっか」
「あ、ちょっと待ってください」

 大きなガラス扉に手をかけた小夜子を、香苗は慌てて止めた。

「今、何分ですか?」

「十一時七分だね。それがどした?」

 と、腕時計を見ながら、夕美は少々ハスキーの入っている、落ち着いた声で言った。

「お二人も知ってるでしょうけど、この学校には噂と言うか、七不思議と言うか、そういうのがあってですね。その一つに、夜の十一時十一分十一秒に学校に入ると、幽霊のいる世界とつながるらしいんですよ」

 香苗は、雰囲気を出すために普段よりも声を落とした。

「四時四十四分に何かが起こるってか?」

 茶化すように、夕美が言うと、

「なんかそーゆーのって、お約束だね」

 ガラス扉に手をかけたまま、小夜子が続けて、よく通る声で言った。

「でも、その時間に入った人たちは、例外なく幽霊を見たって言うらしいですし。たぶん、その時間に入るのと入らないのとじゃ、話が違うんですよ」

「そんなもんかねえ? じゃあ、とりあえずちょっと待ってから入ってみるか?」

 そして、三人は時計の針を見ながら、十一時十一分十一秒を指すのを待った。

「ご……、よん……、さん……。よし、入りましょう」

 香苗の合図と共に、小夜子と夕美は少々重みのある玄関扉を開けた。

 そうして校内に入ると、辺りは深い闇に包まれていた。

 同時に、学校の中は外と変わらず蒸し暑く、湿気が強かった。梅雨のこの時期の蒸し暑さが、そうさせているのである。

 そうした中で、ガラス戸を閉めると、それまであった、虫や、カエルの鳴き声が聞こえなくなった。

 瞬間、世界が変わった。

 光も音もない校内は、不気味であるというよりも、まず三人を酷く不安にさせた。いかに普段から眼と耳に頼っているか、と言うことの裏返しでもあるであろう。

 と、三人の体から、じわり、じわりと汗がにじみ出た。嫌な汗である。肌にまとわりつくような、ねっとりとした汗であった。

 とはいえ、それだけであるとも言える。

 ただ暗く、昼間のように人がいないだけの、無人の建物。それだけなのである。

 校内に入ってすぐに、小夜子が懐中電灯を点けた。事前に用務員室からくすねてきた、大型の懐中電灯である。それを正面に向けると、うっすらと廊下が、そしてその先の階段が浮かび上がった。

「柳瀬さん。何か感じたりしません?」

 もしかしたら、分かる人には分かるのかもしれない、と香苗は夕美の顔をのぞいた。

「いや? べつに?」

 しかし、香苗の期待を裏切るように、夕美はつまらなさそうな顔をしていた。

「それより、早いとこ音楽室に行こうよ。噂の真相を確かめようじゃない」

 小夜子はふんふんと鼻息を荒くさせながら、妙に意気込んでいた。

 そして、三人は上履きに履き替え、音楽室へと向かい始めた。

「ところで……。これから行く音楽室の噂って、朝村はどう聞いてるわけ?」

 道中、懐中電灯を持って前を行く小夜子の後ろを歩きながら、夕美は隣の香苗にきいた。

「ええとですね。確かこの噂の発端は、二年前の夏に、当時の二年生が成上校七不思議に沿った肝試しをしようとして、学校に忍び込んだ時に起きたことなんですって」

「ふうん」

「肝試しのルート上には幽霊役を配置してっていう形で遊んでたらしいんですけど、ルートとは全く関係のない音楽室からピアノの音が聞こえてきたらしいんです。その音楽室に幽霊役がいないのは、肝試しが終わった後に気がついたらしいんですけど、不思議に思った二年生たちは、思い切って音楽室に入ったらしいんですよ」

「よく入ろうと思ったよな。そいつら」

「とにかくですよ。中に入ったら、音楽室の中は写真見たく夕暮れ時でだったそうです。それで、いたんですって。長い髪したピアノを弾く女の幽霊」

「色々とちぐはぐだぜ、その話。だいたい、音楽室って防音しっかりしてるだろ? 何で外に音が漏れてんだよ」

「……」

 夕美の言葉に、香苗は何も言えなかった。確かに、彼女の言う通りなのである。

「じゃあ、じゃあ。この写真はその時に撮ったものなの?」

 小夜子は前に進みながら、ポケットから例の写真を取り出した。

「いえ。実はそれ、一週間前に撮影された写真なんです」

「一週間前? ずいぶんと最近なのね」

「その辺りのことは、音楽室に着いてから話しますね」

 そうしてしばらく、三人の足音と、元気な鼻歌が廊下に響いていた。



 成上高校は、第一校舎、第二校舎と、その二つの校舎をつなぐ渡り廊下が各階にあるという構造になっている。正面玄関から入って右手側の奥に科学室。二階の同じ位置に、美術室。三階の同じ位置に音楽室がある。四階建てで、最上階は三年生の教室が並んでおり、図書室や部室などの授業で使われない部屋は、まとめて第二校舎にあった。

 三人は、まず渡り廊下の隣にある階段まで向かい、そこから三階の音楽室へと向かった。

 そうして、問題の音楽室の前にやってきたとき、小夜子はぴたりと足を止めた。

「ピアノの音、聞こえないわね」

 冗談めかした口調で、小夜子は鼻歌を歌いながら引手に指をかけ、扉を開けた。

「だあから、防音だっつってんだろ?」

 その後を、夕美と香苗が続いた。

 音楽室の中は、写真のように夕暮れになっているわけでもなく、廊下や他の部屋と同じように真っ暗で、小夜子の懐中電灯の明かりが当たっている位置だけが、ぼんやりと浮かぶように見えている。そして、中に入り、懐中電灯で室内を照らしていっても、やはり幽霊の姿はおろか、ピアノの音すら聞こえない。

 しん……、

 と、静まり返っているだけであった。

 それから小夜子は、大胆にもピアノに近づき、かけてある黒い布を外した。

「特におかしいところは何もないわねえ」

 言って、ピアノの蓋をあけ、適当に鍵盤に触れて音を出した。

「そうだな。静かなもんだ。……それで? 朝村。お前が持ってきた写真ってのは?」

 夕美はピアノに寄りかかりながら言った。その表情は、変わらず退屈そうであった。

 対して小夜子は、興味があるのかないのか、にこにことしている。

 そんな二人を見て、香苗は一呼吸おいてから語り始めた。

「学校に入る前に、柳瀬さん、オカルト研究部に話せばよかったんじゃないかって、言いましたよね?」

「ああ、言ったねえ」

「実は、その写真を撮ったのは、そのオカ研の部員なんです」

 と、香苗は小夜子の持っている写真を指差すと、ほう、と小夜子が声を漏らした。

「私は一週間前、オカ研を煽って、音楽室に出るっていう幽霊の噂も含めた、学校七不思議を検証させました」

「……へえ。よくやるね、そんなこと」

「検証に向かったのは、オカ研の部長さん、自称霊能者の岩瀬さん、撮影係の村田くんと、それから私の、合わせて四人。二年前の肝試しのルートが不明だったので、その時は成上校七不思議の順番に沿うように進みました」

「それで、例の写真が撮れたわけか。……。……霊だけに」

 ふふふ、と小夜子が小さく笑った。

「んで? 霊能者さんはなんて?」

「見てないんです」

「なに?」

「見てないんですよ。あの人。実はその写真が心霊写真だってことにも気がついていないんです」

 香苗の言葉を聞いて、夕美と小夜子は互いに顔を見合わせた。

「……撮影係になっていた村田くんは、その日、いつものようにフイルム式カメラを使ってました。写真を現像した後、撮影した覚えのないその写真の存在に気がつくと、恐ろしくなって捨ててしまおうとしたらしいんです」

 小夜子から写真を受け取りながら、香苗は続けた。

「けど、以前から岩瀬さんの霊能力に疑問をもってたらしく、村田くんは、私が柳瀬さんたちにしたみたいに、岩瀬さんを試したんです」

「だけど、岩瀬はその写真を見て、気にも留めなかった。村田ってやつの罠にまんまと引っかかったってことか」

「気にも留めなかったんじゃないんです。見てないんです」

「……はあ? だから。試したんだろ?」

「そうじゃないです。岩瀬さんだけじゃない。村田くんは岩瀬さんを試した後、私や、彼の友達に同じことをして回ったし、私も村田くんから写真を借りて、同じようにいろんな人に心霊写真の束と合わせて見せて回ったんです。けど、私も含めて、誰もあの写真が束の中にあったことを覚えていなかったんです」

「どういうこと? もうちょっと分かりやすく言って?」

「こんな心霊写真らしくない写真ですよ? 心霊写真の束の中に入れられれば、それはそれでかえって目立つはずじゃないですか。……なのに、誰もこの写真のことを覚えていないし、その存在に気づくこともできないんです」

 香苗は、自分の顔が引きつっていることに、さらに、声を僅かながらも震わせていることにすら気づかずに、続けた。

「柳瀬さんは……。この写真が怪しいって、あの束の中から選び出したんですよね……? どうして、怪しいって思ったんですか? どうして気がつくことができたんですか?」

「……」

 柳瀬夕美は、答えなかった。してやられた、と言うような苦渋に満ちた顔でもなく、よく分かったな、と言わんばかりの不敵な笑みでもなく、表情を崩さず、静かに香苗を見ていた。その眼に、香苗は身震いした。感情を読み取ることのできない、冷たい色をしていたからである。

 音楽室の中が、しん……、と静まり返った。もちろん、幽霊が出たからではない。

「でも、ほら」

 静寂を、小夜子が破った。

「何かに注意力を向けていると、周りが見えなくなるものじゃない?」

 温かみのある優しい声は、それだけでこの暗い教室を明るくした。

「たまたまだって、言いたいんですか? それとも手品か何かだって言いたいんですか?」

 この状況を何とかしようと、あくまで微笑む小夜子に対して、香苗は噛みついた。

「おい。朝村。口のきき方に気をつけろよ」

 そして、噛みついた香苗を、夕美が睨みつけた。

 そうして再び、室内に不穏な空気が漂い始めたのだが、

「……とりあえず。写真、撮ってこっか」

 香苗と夕美の間に立ち、小夜子がそう提案した。

「それはいいけど……。あれ? さよ、カメラ持ってきたの?」

「持ってないよ。カナちゃん持ってるでしょ?」

「まあ、はい。持ってます」

 釈然としないまま、しかし香苗は急いで鞄から使い捨てカメラを取り出すと、小夜子がピアノから離れた後でカメラを構えた。

 じーこ、じーこ。

 そして、フイルムを回して、

 ……かしゃ。

 シャッターを切った。

 それからさらに、ポラロイドカメラとデジタルカメラを取り出し、オカ研の村田が撮影したのと同じ構図になるように、ピアノを写真に収めた。

 香苗はすぐさま撮った写真を確認したのだが、やはり、奇妙な写真は一枚足りとしてなかった。そうしてデジカメを操作している時であった。

「……ひとつ、アタシも気になることがあるんだけどさ」

 夕美が、香苗から一つ距離を置いたところにある机に腰を掛けたまま言った。

「オカ研が撮った写真の女の人。その人、小夜子が調べたんだけど、本当に亡くなった人なんだよ。そのことは知ってるか?」

「知ってますよ。たしか、二年前の夏の、……七月二十一日に亡くなられたそうですね」

「問題はそれだ。その噂の発端が、二年前だってことだ」

「……? ええっと……? ……どういう意味です?」

「成上校七不思議。全部いってみな?」

 言われて、香苗はポケットから出した手帳をぱらぱらとめくり、成上校七不思議と題された、七つの噂を箇条書きにしたページを開いた。


「その一。夜の十一時十一分十一秒に学校に入ると、よくないことが起こる。

 その二。美術室にある絵画の裏には、お札が貼ってある。

 その三。三年四組の教室でこっくりさんをすると、必ず成功する。

 その四。黒い影の死神が、校内のどこかに現れる

 その五。夜の校舎を徘徊する赤い鎧武者が、校内のどこかに現れる。

 その六。神出鬼没の赤い開かずの間が、校内のどこかに現れる。

 その七。音楽室には女の霊が現れて、夜な夜なピアノを弾く」


 小夜子の持っていた懐中電灯を受け取り、手帳を照らしつつ、香苗は読み上げた。

 一体いつからあるのかは不明であるが、ともかくとして、成上校に通う人間であれば、おそらく誰でも知っているであろう有名な『噂』である。

「これで全部ですね。……それで、その。どこか不自然なところってあります?」

「分からないか? お前、最初に言ったじゃないか。二年前の肝試しは、成上校七不思議に沿った形で行われたって。だけど、その時は当然、音楽室の幽霊の噂なんてなかったわけだろ? なら『それまでは何が七不思議のひとつだったのか』ってことだよ」

 そう言われてみると、確かにその通りである。と、香苗は気がついた。いや、そもそも、なぜこんな簡単なことに今まで気がつかなかったのか、自分でも不思議だったほどであった。

 ふうむ、と香苗が考え込んでいると、夕美がすっくと立ち上がり、香苗に近づいた。

「もう一つ、面白い話をしてやろう」

「面白い、話……?」

「……七不思議っていうのはな? 七つ目の噂、それ自体が七不思議になっていることがあるんだ。つまり、七つ揃ったときに、何かが起こるってことだ」

「……」

「さて。どうする? 残りの七不思議も検証していくか?」

 夕美の、まるでこれから何かが起こるのではないかという言い方に、香苗は緊張した。

 もしかしたら、本当に超自然的なことが起きるのではないか。

 それは、期待とも不安とも取れるような、複雑な予感であった。

「いいですよ。検証しましょう。……それで、どの噂から調べます?」

 それでも、香苗にとっては願ったり叶ったりであった。まだ、柳瀬夕美が『ホンモノ』かどうかは分からないが、少なくとも香苗の目的を達成してくれる可能性が出てきたからである。

「アタシは別に、どれからでもいいけどよ」

「とりあえず検証できそうなのは、場所が指定されてるものぐらいですね」

「じゃあ、美術室のお札と、三年四組でこっくりさんをするぐらいかな? ここからなら、美術室が一番近いわね」

 そうして三人は、成上七不思議を検証せんと、まずは一つ下の階の、お札があるという美術室へと向かった。








大幅改変版
構成を練り直した都合で
この辺りは大幅に話が変わることに

オリジナルでは
音楽室の幽霊は、確かに不幸な事故にあった人がいたが、写真は作りものである
と言う話だった

今回の改変では
学校七不思議編以降の話と繋げるため
香苗や小夜子のキャラを多少変えつつ
噂の内容、七不思議の内容を変えた

結果
オリジナルでは5ページだった話が
今回は7ページと長くなり
ちょっと冗長になった
ちょっとくどくなった

……ううむ
残りの学校探索は面白く描いてあるからそこで一気に惹き込む自信はあるんだけど
学校に入るまでがそもそも長い
そこまで読んでもらえるように書かなきゃいけないわけで
この改変はあまりスマートとは言えないな
どうしたものか……

それはそうと
FC2はここと同じ原稿を上げることにした
オリジナル原稿はそのうちNINJAの方にあげるつもりだけど
さて……
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