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今は遠き夏の日々 ~学校七不思議編 その九~

 赤い鎧武者の噂

 深夜の校舎の中、二人の女子生徒が、明かりもつけずに抱き合っている。それを見た香苗は、何とも気恥ずかしく感じると同時に、何とも言えない疎外感を感じた。
「ねえ、早くいきましょうよ。またいつあの鎧が追いかけてくるか分からないですし」
 と、香苗はたまらず二人をせかした。
「ああ、そうだな。……悪いけど、あたし今ちょっと腰ぬけてて立てないからさ、手え、貸してくんない? あと小夜子。いい加減重いし暑い」
「失礼な! そんなこと言う子にはこうするよ!」
「あ、あはははは! ばかやめろ! あはは! やめろって!」
 と、夕美はのしかかっている小夜子に、体をくすぐられた。
「もう! 二人とも! 早くしましょうよ!」
 そうして彼女はようやく立ち上がったのだが、しかし、そうなると一体どこに向かえばいいのかが分からない。いや、ともかくは鎧武者から逃げなければならないのだが、部屋と部屋のつながり方が普通ではない以上、闇雲に逃げ回るのも危険であった。
「どうする? しょーじき、あたしは今すぐそこの窓から飛び出したいけどさ」
「ああ、それは無理だったよ。さっきわたしが窓から出ようとしたんだけど、イス投げても割れないのよね、これが。どうなってるのかしらね?」
 くいと立てた親指を、小夜子が窓に向けた。そして、憎たらしい顔をしながら肩をすくめたのだが、夕美は彼女の言ったことに、驚きを隠せないようであった。
「……イス、投げたのか?」
「そうなんですよ。最初、手で開けようとしたんですけど全然びくともしなくて」
 香苗は、パイプ椅子で豪快にも廊下の窓を破ろうとした小夜子を思い出しながら言った。
「まあいいや。しかしそうなると、いよいよここから出る方法をマジメに考えなきゃいけなくなってきたな。……二人はどう思う? 何か方法とか思いつかないか?」
「玄関から出るとか、どうかな?」
「それでまともな場所に出られるならいいですけど……。そうですねえ……」
 香苗は、腕を組んで考え込んだ。
 まず、今の状況を作り出した可能性のあるものは、二つある。
 一つは、こっくりさん、いや、お狗さまを呼んだことである。考えてみれば、あの時から学校中の空気が変わったのだから、少なくともそれが霊たちを出現させる引き金となっているのだろうと予想される。そしてもう一つは、美術室から小夜子についてきているお札である。なぜこっくりさんをした時に、彼女がそれを持っていたのかは分からないが、
「正解かは分からないですけど……。私はやっぱり、美術室のお札をはがした状態で降霊術をしたのがいけなかったんじゃないかと思うんです」
 これか? と、夕美がポケットからお札を取り出した。中央に直筆で夜子神社御守護と書かれており、文字の両側に痩せ細った犬の絵が描かれた、古い札である。
「それです。その、たぶんですけど、普段は封印が施されているから、ここまで大事にならなかったのでは? 今回は封印を外した状態で降霊術をしたわけですし」
「まあ、そりゃそうだが……。じゃあどうする? 美術室まで戻るか?」
「行けるかどうかは置いといて、今はそれ以外にできることもないと思いますよ?」
「分かった。なら、美術室を目指そう。小夜子もそれでいいか?」
「わたしもそれが一番だと思うわ。さすがにずっとそれを持ってるわけにもいかないもの」
 夕美の手から、ぱしりとお札を取り上げると、小夜子はそれでひらひらと扇いだ。
「牧原さん。かなり大丈夫そうですね」
「さっちゃんだよー」
 にかっ、と笑う小夜子を見て、大丈夫だろうかこの人、と香苗は不安に思った。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 そうしてもたもたしていたせいか、再びあの金属音が聞こえてきた。
「やっば! もう追いつかれたか!」
 見ると、廊下すら見えない暗闇の中心に、真っ赤な鎧だけが、ぼうと浮かんでいた。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 赤い鎧は、やはりゆっくりとした足取りで近づいてきていたのである。
「逃げるぞ!」
「どこに!」
「分かんねえよ! とりあえず走れ!」
 そして三人は、長く続く廊下の中を走り出した。方向は第一校舎へと続く渡り廊下とは逆である。それでも彼女たちは、今は走るほかなかったのである。
 と、階段前に差し掛かった時、唐突に小夜子が足を止めた。
 小夜子の後ろをついていた香苗は、彼女の横を一度、通り過ぎたのだが、小夜子が何を考えているのかが気になり、階段を目の前にして足を止めた。
 廊下の奥からやってくる赤い鎧は、全力でここまでかけてきたというのに、変わらない位置に立っており、それどころか確実に距離を詰めつつあった。それを見てか、小夜子は階段ではなく、廊下の一番端、隅にある掃除道具の入ったロッカーまで走り、中から一本のほうきを取り出して、槍を構えるように持った。
「なにしてんだ小夜子! 早く来い!」
 香苗のすぐ後ろ、階段を三段ほど降りた位置から、夕美が絶叫した。そして、急いで階段を駆け上がると、小夜子の後ろに立って、彼女の腕を掴んだ。
「先に行って」
 振り返らず、小夜子はしっかりと鎧を見据えているようであった。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ! そんなものでアレがどうにかなると思ってんのか!」
「思っちゃいないわ。でも、……ふう、……わたしだって、並みの人間よりかはちょっとだけだけど強いんだから。足止めぐらいはできる……。いや、してみせる……!」
 後ろ姿しか見えないが、おそらく小夜子の顔は緊張してこわばっていることだろう。現に、彼女の足が、震えていた。それでも、なぜか鎧武者に立ち向かおうというのである。
「そういうことを馬鹿なことっていうんだよ!」
「だいじょーぶだってえ。わたしだって、この命に代えてもーとか、そういうことを考えたりしてるわけじゃあないわ。ただ、私ならカナちゃんを逃がせるだけの時間は稼げると思うもの……」
 ああ、そうか。この人はそこまでして、柳瀬さんを逃がしたいのか。
 自分たちをまきこんだ上に、出会ったばかりの人間のために命を捨てるはずがない。
 小夜子の背中を見ながら、香苗はそう悟った。
 同時に、もうずいぶんと鎧が近くに来ているというのに、それでも何とか小夜子を連れて行こうと説得する夕美の顔を見て、この二人にはかなわないと考えた。そうなると、自分だけは助かりたいと考えてしまっているおのれの姿を見て、惨めな気持ちになった。
 いや、そのような気分になっている暇など、微塵もない。
 ……がしゃ。……がしゃ。
 赤い鎧の位置は、すでに、いつでも仕掛けてこられる位置にまで、来ていた。
 と、赤い鎧が足を止めた。顔がないため、どこを見ているのかは分からないが、小夜子が持っているほうきの先を、見据えているようであった。
 いよいよ、まずいことになってきた。
 本能的に、香苗は思った。
 これほどまで赤い鎧が近くにいることも、それに立ち向かおうと小夜子がほうきを構え続けることも、そして、あれだけ小夜子を連れようとしていた夕美が、ごくり、と唾を飲んだのが聞こえたことで、香苗も緊張したのである。
 しん……。と、辺りが静まり返った。
 もっとも、もとより校舎の中には、音と言う音がない。車の走行音はおろか、虫や梟の鳴き声や、果てには風や空気の流れる音すらないのである。
 だが、それ以上に音が消えた。この世から、全くの音がなくなったかのようであった。
 そうした中にいると、時の流れも異常になる。
 赤い鎧は、だらりと力なく下げている刀を、動かそうとはしない。
 構える小夜子も、ぴくりとも動かない。
 まるで時が止まったかのようであった。
 と、小夜子が先に仕掛けた。赤い鎧の顔を穿たんと、渾身の突きを入れたのである。
 同時に、赤い鎧も動いた。小夜子の突きを、ほうきを、切り払わんと、刀を振り上げたのである。
 結果、無残にも、ブラシが床に落ち、からからと音を立てた。穂先は赤い鎧の体に到達することなく、どころか切断されてしまい、短くなってしまったのである。
「ほらみろ! 相手にならないどころじゃねえよ!」
 夕美の絶叫に、しかし、小夜子は不敵に笑った。
「いや、これでいい……!」
 香苗は見てられず、手で顔を覆いたくなった。とはいえ、全く見ないというわけにもいかない。
 小夜子が再び仕掛けたのである。
 びしりっ、と金属を打ちつける音がした。
 続いて赤い鎧が持っていた刀が、かしゃりと音を立てて床に落ちた。
 赤い鎧が仕掛けるよりも先に、小夜子がほうきの穂先で、鎧の右手を的確に薙いだのである。そして、小夜子はすぐに、斬られたことによって鋭利に槍となったほうきを構え直し、鎧と鎧の隙間に突きを入れた。手ごたえはあったのか、それともなかったのか、少なくとも槍はずぶりと深く、突き刺さっていた。
 もしかして、これはいけるのではないだろうか。
 香苗が、夕美が、そう思っていた矢先であった。
 赤い鎧が、自分の体から生えている棒を掴んだ。
「……え?」
 小夜子が、小さく声を上げた。
 赤い鎧の左手は、依然、ほうきを掴んでいる。しかしその右手には、月明かりを反射させる、一振りの刀があった。
 そして、鮮血が散った。
 腰に差していた脇差を抜き、そのまま小夜子を斬ったのである。
「小夜子!」
 香苗の隣で、夕美が悲鳴を上げた。と、小夜子がほうきから手を離し、倒れるように後方に下がった。その彼女を、夕美が支えた。
 そうして、ようやく彼女がどうなっているか、香苗は理解した。
 右の脇腹辺りから左胸にかけて、制服に赤い線ができていた。服も、肉も、斬り裂かれ、白い生地を真っ赤に染めていたのである。
 それでも、小夜子は立ち向かおうとしていた。
「早く行きなよ、二人とも……」
「お、置いていけるわけないじゃないですか!」
 とはいえ、赤い鎧は槍を引き抜き、今まさにこちらへと向かっているところであった。それを見た香苗は、もう自分だけでも逃げてしまおうとも考えたのだが、しかし、恐怖のあまり、足が完全に床に縫い付けられ、身動き一つとれなくなっていた。
 そうなると、自分たちが赤い鎧に斬り殺される映像した、頭に浮かばなくなる。
「俺に任せておけ!」
 死を覚悟した瞬間、誰かが香苗の隣を通り過ぎた。
 ぺったし、ぱったし。
 声の主は草履の音を鳴らしながら、悠々と小夜子と夕美の隣を過ぎ、そのまま三人の前に出た。赤い鎧武者の前に立ちはだかったのである。
 それを見た香苗は、阿呆のように口を開けて固まった。
「……え? だ、誰?」
 と、夕美の方を見たが、夕美は、知らない、と一言だけ返した。
 三人をかばうように前に出たのは、一人の男であった。小夜子のように、長い髪を後頭部で結わえ、薄手の、柴(ふし)色の着物を着た男である。その男はどうも腕を袖の中に入れているようで、両の袖は薄っぺらになっていた。
 その姿は、まるで時代を越えて現れた浪人のような姿であった。しかも、男はどうも本物の刀を腰に差しているようなのである。それも、長さの違う、二本の刀である。
 と、その男を見てか、赤い鎧武者が、ぴたり、と動きを止めた。それから、今まで引きずるようにだらりと下げていた刀を、初めて正面に構えたのである。
 赤い鎧武者は、明らかに警戒していた。
 それも、まだ刀の柄に、指先さえ触れていない男に対して、である。
「はっ! 何を怯えてやがる!」
 赤い武者が構えたのを見て、浪人は笑った。そして、妙なことをした。
 まず男は、ばさりっ、と着物の上部を脱いだ。そうして露わになったその背は、筋肉質で、ずいぶんとたくましくあった。それから男は、がっしりとした太い右腕を、ゆっくりと左に移動させ、指先を軽く、そっと刀の柄に置いたのである。
 そして、なにか、香苗には理解もできないことが起きた。
 二人の間に、二つの銀閃が走ったと同時に、耳をつんざくような、鋭い音がした。
 刀を振ったのであろう。二人は先ほどとは体勢が変わっていた。
 赤い鎧武者はいつの間にか刀を振り下ろしており、浪人は武者の隣に立っていた。
 と、唐突に、鎧が割れた。腹部に綺麗な線が、一本だけ入ると、まず上半身が、がしゃり、と床の上に落ち、続いて下半身がひざまずくようにその場に崩れた。
 それを見ずに、浪人はびうと刀を振り、ついてもいない血を払った。それから流れるような動きで刀を鞘に納めると、斬った鎧にむかって片合掌をした。
「すげえ……」
 ぼそり、と呟きながら、夕美が感嘆のため息を漏らした。
「鎧が刀を振り上げた時、あの人、もう鎧を斬り終ってた……」
 香苗には、それすらわからなかった。だが、ともかくとして、彼女たちは目の前に立っている浪人風の男によって、命を救われたのである。
 そうして三人が呆けた顔で浪人を見ていると、男は上半身裸のまま近づいてきた。
 香苗と夕美の二人は、同時に男を警戒して身構えたが、男を見つめているのか、背を見せている小夜子だけは、なぜだかぴくりとも動かなかった。
 と、そんな小夜子の頭を、と男はわしゃわしゃと雑に撫でた。
「門が開いておる。早うここからでるとよい」
 にい、と男は屈託のない笑顔を見せ、そのまま、すう、と薄れて消え失せた。
 たった今起きた出来事を信じることができず、三人はしばらく立ち尽くしていた。それからようやく頭が働き始めると、香苗は小夜子が斬られたことを思い出した。
「そうだ! 牧原さん! 大丈夫ですか!」
 言って、香苗は小夜子の体を見た。ところが、服は変わらず赤く染まっているというのに、彼女の体には外傷が一つもなかった。
「これは……。どうして傷が……?」
 状況が全く読めない香苗は、顔を上げて小夜子を見た。
「い、い、い……!」
 小夜子は目を丸くし、頬を桜色と言うよりかは、熱でもあるかのように赤くさせていた。
「今の人見た? ちょーかっこよくない? どうしよう!」
 甲高い声を上げながら、小夜子は両手を頬に当てながら飛び跳ねた。
 確かに、彼女が騒ぐほどの男ではあった。と、香苗は浪人が最後に見せた顔を思いだした。小夜子の持っているのと同じような凛々しく力強い眼と、それに似合ったがっしりとした顔つき。それでいて男臭くなさすぎず、清潔感すら感じさせる、爽やかな男であった。
 しかし、今はそれどころではない。
「うひょー! 心臓ばくばくいってるよ! あの人だれだろう?」
「さ、さあ……。っていうか、今はそれどころじゃ……。だいたい傷は――」
「あの人、たぶんだけど、小夜子の御先祖さまだと思う」
 香苗の疑問は、夕美によって遮られた。
「……え? ご先祖さま? ほんとに?」
「そう、御先祖さま。あたしもよくは分からないけど、どことなく小夜子に似てたし、なんていうか、持ってる波長みたいなのが近かったぜ?」
 なるほど。つまりは自分の孫を助けに来たようなものか、と香苗は納得した。
「そっかあ……。ご先祖さまかあ……」
「残念だったな。もうこの世にいない人で」
「でも、あの人の血がわたしの中にも流れているのなら、それはそれで」
 小夜子の言葉に、香苗と夕美は呆れて言葉も出なかった。










主人公である朝村香苗、柳瀬夕美、一条小夜子の三人は
妖怪を倒したり幽霊を除霊したりすることはできない
だから、作中では赤い鎧武者から逃げ回るし
物理的な手段で立ち向かおうとする

香苗は完全な一般人であるから当然として
小夜子もこの時点ではほとんど何もできないし
唯一の超能力者である柳瀬夕美でさえ
『視る』ことができる程度

幽霊や妖怪に対して彼女たちは全くの無力だ


このシリーズでは基本的に
『地獄先生ぬ~べ~』に登場する鵺野鳴介先生や
高橋葉介先生の『学校怪談』に登場する九段九鬼子先生のような
妖怪や幽霊を倒すことのできるキャラクターは登場しない

映画『学校の怪談』シリーズの影響の方が濃い作品になってるため
登場したところで全く役に立つことはないだろう

ホラーゲームなんかをやっててもそうなんだけど
簡単に倒せる敵よりも
無敵、ないし、何度倒しても甦るタイプの敵の方が
圧倒的に恐い


それと
彼女たちには根本的に事件を解決させられるだけの力すらない
あくまで普通の人間であり
普通の人間であることを望んでいるから


まあ、トワイライトシンドロームや夕闇通り探検隊の影響が大きいのもあるけどね
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