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今は遠き夏の日々 ~学校七不思議編 その十~

 赤い開かずの間の噂

 鎧ごと真二つに斬り捨てられた腐乱死体は、もう動き出す気配がなかった。
 もしかしたら、自分が死んだことに気がついていなかったもしれない。
 だから、あの侍に斬られて、もう一度、死に直したのだろうか。
 考えたところで、夕美には確かなことが分からない。
 彼女にできることと言えば、『あの人たち』を見て、『あの人たち』の言っていることを聞くということだけである。成仏させてやることも、あるいは祓うことも、彼女にはできない。そうした特別な力を持っていないからである。
「鎧も動かなくなりましたし、とりあえず美術室に行けますね」
「そうだね。今のところ、他に何も起きてないし」
 夕美は、小夜子たちとはぐれた時、複数の『あの人たち』を見ていた。小夜子と香苗は、見ていないのだろうか。どうも、この異常な空間に対して緊張感がないように思える。
「……じゃなくて、牧原さんはどうなってるんです。完全に傷がふさがってるじゃないですか」
 ああ、そのことか。と、夕美は面倒なことになったなと、ため息をついた。
「いやあ。わたしって代謝がいいみたいで」
「代謝がいいどころじゃないですよ、これ!」
 香苗としては、いや、新聞部の部員としては、追求せざるを得ないだろう。しかし、そのことをネタに新聞でも公表された日には、小夜子の立場が危うくなる。
 仕方ない。助け舟を出すか……。
「いいからさあ。とにかく、早くお札をどうにかしようぜ。さっきの人も、なんだか妙なことを言ってたし。今は小夜子のことどころじゃないだろ」
 確かあの浪人は、門のことを言っていた。それが何を意味するのかは分からないが、今はとにかく第一校舎の美術室を目指すのが先である。夕美は小夜子の手を引いて前に出た。
「うむむ。絶対に後で問い詰めますからね」
「新聞のネタにしないって約束するならね。新聞部さん」
「そう言うのは後にしな。んで? ここって何階だっけ?」
「さっき新聞部を見かけたんで、たぶん三階ですよ」
 いつの間に二階から三階の廊下に移動していたのやら、と夕美はわずかに動揺した。ともかく、渡り廊下はないが、今、目の前には階段がある。
「じゃあ、とりあえず二階に降りてみるか。下りられるかどうかは分からないが」
 と、三人は真っ暗闇の校舎の中、足元に気を付けながら階段を下りた。
 それから、一番近くにある部室の表札を見て、位置を確かめようとした。
「囲碁部があるってことは、ここ、四階じゃない? 何で階が上がってるのよ」
 そんなこと、知るものか。しかし、どうやら先に二階を目指すのは難しいようである。廊下を進んでも端にたどり着ける保証もないが、仕方なく、三人は廊下を進むことにした。まるで一面を墨で塗りつぶしたように何も見えない暗闇の中を、である。
「なあ、まだ懐中電灯つかないの?」
「それが、ぜんぜん。予備の電池入れてもまあったく」
 問題はそれだけではない、いい加減、この異様な寒さをどうにかしなければならなかった。と言うのも、夕美自身は緑のパーカーを上に羽織っているからいいものの、ブラウス一枚の小夜子は寒そうに両肘をさすりながら歩いていのるのである。
 ぱんっ!
 唐突に、ガラスが割れるような音がした。いや、正確には、風鈴のように、中が空洞になっているガラスが破裂するかのような音である。しかも、それは一度だけではなかった。
 ぱんっ!
 再び、破裂音がした。辺りを見回しても、割れたガラスなど見当たらない。
「何の音?」
「これってあれじゃないですか? ラップ音」
 それが心霊現象であるなら、と夕美は警戒しつつ周囲に気を配った。見られている気配はするのだが、それらしい『モノ』の姿は見当たらない。今、夕美に見えるものと言えば、彼女の前を歩く、小夜子と香苗だけであった。
 くつくつくつ……。
「ちょっと、柳瀬さん、やめてくださいよ。それ、シャレにならないです」
 と、突然、香苗が声を上ずらせながら言った。
「は? あたしじゃねえよ」
 くつくつくつ……。
 女の声であった。しかも、その笑い声は最後尾である夕美の後ろから聞こえてくるのである。
「二人とも、絶対に後ろを振り返るなよ。それと、何を聞かれても答えるな」
 ぱんっ! ぱりんっ!
 破裂音の回数と、音の大きさが、次第に激しさを増してきた。
 同時に、夕美の背後に立っている女の気配が増してきた。夕美は感じる気配が強くなるにつれて、ひどく汗を流すようになり、しかし廊下の空気の冷たさはどんどん厳しくなっていた。冬のような寒さではなく、冷凍庫の中のような痛みのある冷たさである。
「ネえ、ちョっトイい?」
 女が声をかけてきた。
「あタシノ顔を知らナい? ドコかに忘レテキたんだよ。アタしの顔。ネえ、知ラない?」
 聞くだけで、背筋の凍るような、優しい声であった。
「ゆ、夕美ちゃん……」
「放っておけって、小夜子」
「そうじゃなくて……」
 今まで背後にばかり気を取られていたが、震える小夜子を見て気がついた。前方に、軍服を着た男が、ランタンのようなものを片手に立っていたのである。
 先ほどまでの汗が瞬時に引き、夕美は凍りついた。
 軍服の男から、凄まじい殺意の念を感じたのである。
 そして、逃げ場所はないかと思考をめぐらした瞬間、軍服の男と自分たちの間にある、なにかの部室の扉から、小さな女の子がこちらの様子をうかがっているのが見えた。
 その瞬間、自分の意思とは裏腹に、夕美の口と体が動いた。
「将棋部に!」
 三人は慌てながらも、急いで将棋部の中に入り、扉を閉めた。
 すると、扉の向こうから、声が聞こえてきた。
「あタシの顔……。アタしの顔ォオ……」
「貴様! なんだその顔は! ええい物の怪の類か!」
 男の絶叫がしたかと思うと、続けて爆音が二度、鳴った。銃声であった。女は撃たれたのか、絹を裂くような悲鳴を上げ、それを最後に、ラップ音すら聞こえなくなった。
 しかし、静かではなかった。自身の心臓の鼓動があまりにも大きいのである。
「出て、大丈夫ですかね……?」
「どうだろう。『あの人たち』の気配はしないんだけど」
 そのことよりも、夕美はあの少女のことが気になっていた。しかし、
「でも、あんまり長いことここにいられないみたいですよ?」
 香苗の視線の先に、人が立っていた。
 虚ろな目で空を仰ぐ、青ざめた顔の男子生徒である。よく見ると、首筋が真っ赤に濡れていた。それを見れば、どうやって彼が死んだか、予想がつく。
「早く出よう。何かされる前に……」
 言って、夕美は扉を開けた。

 廊下に出ると、そこには女の姿も、軍服を着た男の姿もなかった。
「どうします?」
「行くしかないだろ。来た道戻る勇気もないし」
「ちょっと待って。腰が抜けた……」
 振り返ると、今まで元気だった小夜子が、蒼い顔をしてへたり込んでいた。
「お前、大丈夫かよ」
「わたし、大きい音って駄目なのよね……。手、貸して……?」
 愚痴をこぼしながら、夕美は小夜子を力いっぱい引き上げて立たせると、彼女を支えながら教室から出た。
 そうして、しばらく廊下を進むと、妙な声が聞こえてきた。
 人のうめき声であった。しかも、どうも奥に進むにつれて、声の数が増えているのである。
 と、暗闇の中から、なにかが浮かび上がってきた。
 それは、扉であった。
 廊下の真ん中に、ぼう、と扉が立っているのである。
 それは、鳥居を思わせるような、闇夜でも目立つ、明るい赤一色の扉であった。その赤い扉は、三人を迎え入れるかのように、あるいは中にいる人を外に出そうとしているかのように、開いていた。ただ、扉の奥は、廊下の闇以上に先が見えなかった。
 ふと、その扉を前にして、夕美は二つのことに気がついた。
 一つは、先ほどから聞こえているうめき声が、扉の中からすることである。
 そして、もう一つは……、
「ねえ。この臭いって、もしかして」
 ……錆びた鉄の臭い。
 扉の奥から、血の臭いが漏れているのである。
「あっ! じゃあこれが、七不思議その二。神出鬼没の赤い開かずの間じゃないですか?」
「え? でも、開かずの間っていっても、開いちゃってるじゃない」
 赤い開かずの間? それを聞いて、夕美の中に、引っかかるものがあった。
「待てよ……? そういえばここって……」
 第二校舎の端、北東の方角。
 ――門が開いておる。
 夕美は、あの浪人の声が聞こえた気がした。
 瞬間、彼女はすべてを悟った。
 どうも先ほどからおかしいと思っていたんだ。あたしにだけ見えるならまだしも、小夜子やアサムラにも、見えてはいけないもの、『あの人たち』が見えていたのだから。
 それは、全てこの扉のせいだったのだろう。この扉は、いや、門は、あちら側とこちら側の境目である。それが開いているということは、つまりその境が曖昧になっているということ。だから、小夜子と香苗の二人にも、『あの人たち』の姿が見えていたのである。あるいは、三人が『あの人たち』に近づいていると言えなくもない。
「やばいぞ、これ……」
 夕美にはわかる。目の前の赤い扉が持つ気配。扉は、それ自体が霊体であった。
「これ……、開いちゃいけない扉だ……。あたしら、とんでもないことしちゃってる……!」
 夕美は、三年四組の教室で呼んだモノは、小夜子に憑りついた何かだと考えていた。だが、そうではなかった。三人が降霊術で呼んだのは、この扉だったのである。そのことに夕美は気がつき、愕然とした。
「引き返そう! 早くお札を元の場所に戻さないと!」
「でも、渡り廊下はこの先だよ?」
「それでも引き返すんだよ!」
 複数のうめき声で、一つの大きな唸り声を上げる扉から、三人は逃げるように離れた。







昔、『開かずの間』って言葉を『赤ずの間』だと思っていた。
別にだからと言って今回『赤い開かずの間』にしたわけじゃないけどさ。

作中では「赤」というキーワードは何度も登場する。
これは「11」と同様に、ちゃんとした意味がある。

夕美が幽霊担当なら、こういうキーワードの意味に気がつくのが香苗や小夜子の担当。
もっとも、今回は夕美がそう言う役割を果たしているけど。

それはそうと、
『今は遠き夏の日々』は、
過去に書いた『十時十二分の五重奏』のように、
誰視点で物語が進むかによって、表現の仕方や書き方を変えるつもりでいた。
初期案では、他にもいろいろと今のと違うところがあるんだけど、
結果として今の形の方がスマートに思えるので気に入っている。

ここでもちょっとだけだけど、謎の少女が登場する。
……んだけど、分かりにくいかな、これ?
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