交神の儀で娘を授かった、初代当主

初代当主にとって、一人娘である香苗は、
単に自分の娘というだけではなかった。
彼はその生涯のほとんどを妖怪退治に費やしてきたのだが、
常にその背中を守り続けていたのは、娘の香苗であった。
また、彼が何よりも優先していたのは怨敵『朱点童子』の打倒ではなく、娘の安全であった。
彼にとって香苗は、最愛の娘であると同時に、絶対的に信頼のできる戦友でもあり、
そして、唯一『繋がり』を実感できる、何物にも代え難い人だったのである。
あるいは初代当主は娘を溺愛していたのかもしれない。
実際、彼は新たに交神して子を作ろうとはしなかったし、
女にうつつを抜かすようなこともしなかった。
とはいえ、彼は娘を甘やかすようなことはなかった。
それは、当主としての威厳を保つためでもあるが、
なによりも娘を過度に溺愛しているということを、
自身のプライドが許さなかったのである。
ゆえに、彼は常に厳格な当主であり続けた。
勇敢な父であり続けた。
死に際まで、そうであり続けた。
それが当主として正しい行いであったのかは、彼には分からなかった。
それが父親として正しい行いであったのかは、彼には分からなかった。
分からなかったが、彼が自らの死期を悟った時、
彼の中には悔恨の念がふつりと湧いた。
甘く見ていた。
寿命が短いということが、これほどまでに残酷であることを、
彼は今になって、ようやく気がついたのである。
娘のために何をしてやれたのか。
残される娘がどんな思いで生きていくのか。
同じ呪いにかかっている娘の為にも、
朱点童子の退治を何よりも優先しなければならなかった、と。
これまで、彼は確かに幸せだったことだろう。
だが、死期が近づいたこの時になって、
彼を支配しているのは後悔の念だけであった。
長い間、当主は考えた。
そして、その末に、彼はイツ花を呼んだ。