二代目当主となった香苗は、実によくやっていた。
凛然とした表情で、毅然とした態度で、威厳のある風格で立ち振る舞う彼女は、
まるで初代当主のようであり、その働きぶりには誰もが感心した。
香苗は常に、よき当主たらんと勤めていた。
先代の名を襲名して以来、その名に恥じぬように生きることが、自身のすべき事であると信じ、
先代と同じ名を名乗ることを、誇りに思っていた。
全ては、「先代のようである」と評されたいがために、である。
自分の生き方は正しいのだろうか。
自分の倫理観や道徳観は正しいのだろうか。
当主たらんとするにはどうすればいいのか。
香苗には何一つ分からなかった
分からないということが、心底、恐ろしくてならなかった。
当主の後ろをついて歩いていた香苗にとって、
道筋なき道を往くのは耐え難くあったのである。
ゆえに、香苗は、先代の後姿を指針としていた。
世界の秩序であり、規範であり、人としての模範である先代を、模倣するかのように振舞っていた。
人に「先代のようである」と言われることで、自らの行いに間違いがないのだという実感が持てていた。
そうすることで、香苗は震える足を抑え、わななく肩を抑え、喉からこみ上げてくるものを抑え、
平静でいることができていたのである。

もっとも、香苗は、必ずしも平静でいられたわけではなかった。
1019年夏の、ある昼下がり
「当主様! 当主様!」
当家の屋敷中に響かんばかりの声であった。
イツ花のその声が近づいてきた香苗は、またか、と眉間にしわを寄せた。
「どうしたのです。イツ花。そんなに慌てて」
「それが、当主様……」
申し訳なさそうな声で、イツ花は息を切らせながらに言った。
「小夜子さまが、その、いつの間にかいなくなってまして……」
ふう……。と、香苗は頭を指先でおさえながら息を吐いた。
「顔に落書きされていますよ。その様子だと、あなた、勉強を教えてる途中で居眠りしましたね」
「あはは……。それは……」
「バーンとォ。任せたはずですけど?」
イツ花は何も言い返せなくなったが、今は彼女を責めていても始まらない、と香苗は気を取り直した。
「あの子を探して、私の部屋に連れてきなさい」