忍者ブログ
別館
[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

今は遠き夏の日々 ~都市伝説編 その五~

 牧原美奈子の噂

 七月十日、木曜日。
 成上校部室棟の隅には、人の寄りつかない女子トイレがある。そこは、柄の悪い女子生徒たちのたまり場になっている上に、そう言う場所であるという噂も広まっているため、遠回りになってでも、誰もが別のトイレを使うのである。
 その噂のトイレでは、四五人の女子生徒が煙草の煙が漂う中で、けたけたと笑い声を響かせていた。みな、ここで誰かの影土や悪口を言うことが目的なのである。
「ところで……。牧原美奈子の話、聞いた?」
 へらへらとしながら、女子の一人が言った。
「ああ、あのおジョーサマ? そーいえば昨日、ほら。注意報が出るぐらい雷がすごかったじゃん? マキハラ、雷にビビりまくって保健室いったらしいよ」
「マジで? 高校生にもなって? ガキじゃあるまいし」
「いやでも、アタシ、アイツとクラス一緒なんだけど、ちょっとフツーじゃない恐がり方してたよ。歩けなくなるぐらい震えてんの。ユウレイが保健室つれてってたけど」
 少女たちが、次々と垂れ流すように出す言葉の中にあった『ユウレイ』というのは、他でもない。柳瀬夕美の事である。身体的なこと以外に、考えの読めない雰囲気や、幽霊が見えるという噂からか、夕美は陰でそう呼ばれていた。
「でもさ。アイツのこと話してると、呪われるらしいじゃん?」
 苦笑いしながら、歯並びの悪い女子が言った。一人が頷いた。
「中学ン時にマキハラと同じクラスだったことがあるんだけど、アイツって、マジで暗いし不気味だしでさー。そんなもんだから、長いこといじめられててー」
「しかも、そのいじめてたヤツがひどい死に方したんだよね」
 背の低い女子の言葉を聞いて、中野時子は、いつか教室で聞いたことを思い出した。
「なに? 死んだのって、牧原をいじめてた奴だったの?」
「そうそう。アタシは話にきいただけだけど、一人は後頭部から右目を、ほうきが貫いたんだって。二人目、三人目も飼い犬に殺されたとか、変質者にばらばらにされたとかで」
「うわあ……、なにそれ。ろくなことになってないじゃん」
「だからみんな、あの女には近づかないし、アイツのことを話したがらないの。まあ、アタシらは別に、そんなの気にしてないけどね」
 けたけたと女子トイレの中で笑い声が響いたが、一人だけ静かにしている女子がいた。
「こういうこと……、あんまり話さない方が、いいんじゃない……?」
「もしかしてビビってんの? だってこのトイレだよ? 誰も聞いてるわけないじゃん」
 いや、彼女たちの話し声を聞いている人間は、一人いた。トイレの個室でも、外の廊下でもなく、建物の外側から女子トイレ内の会話を盗み聞きしているものがいたのである。
 朝村香苗は、一条小夜子のことを調べるために、学内でも特に、タブーすら無視して陰口や悪口を好む、彼女たちを使うことにしていた。無論、彼女たちのみを情報源としているわけではなく、彼女なりにある程度は調べている。ただ、香苗は少しでも気になる話があれば、それを集め、後で徹底的に調べようと考えていたのである。
「話し戻すけど、言いたかったのは、牧原がエンコーしてるらしいってこと」
 と、時子は言った。すると、彼女の周りにいた女子たちが、きょとんした表情をした。
「あれ? 知らない? 何か、新聞部のゲス内が調べてるらしいんだけど」
 それは、同じ新聞部部員の香苗ですら聞いたことのない話であった。

 その日の授業が全て終わると、香苗は小夜子と夕美のいる教室へと向かった。
 と、すぐに香苗の眼に入ったのが、柳瀬夕美であった。夕美は、イヤホンを耳につけ、緑のパーカーを羽織り、その白に近い金髪をフードで隠した状態でいたのである。ところが、一条小夜子の姿だけ、どうしても見当たらなかった。
「柳瀬さん、柳瀬さん」
「ん……? ああ、朝村か。……どした?」
「一条さんは?」
「あいつなら、用事があるとかって、先に帰ったよ」
 聞きながら、香苗は教室内を注意深く見渡した。小夜子の姿を探した後、ついでに聞かれてはまずい相手がいないかどうかを確認したのである。教室内は、誰もが帰り際であるということもあり、ざわつくように騒がしかった。普段通りである。特に、注意すべき人間も見当たらない。それならば、と香苗は、やや声をひそめた。
「あの、一つ訊きますけど……。私に怒らないでくださいね?」
「なに? アタシが怒るような話なのか?」
 それに対して、夕美はぎろりときついまなざしを向けてこたえた。
「えーん。もう怒ってるじゃないですか」
「分かった、分かった。怒らないから話してみな」
 それから夕美の正面の席に着くと、香苗は深呼吸した。
「あ、あのですね。うちの、新聞部の先輩が、鶏内先輩が調べてるらしいことなんですけどね? どうも、一条さんがエンコーしてるとかんとか」
 言い切った後で、香苗はごくりと固唾を飲んだ。叱られるかと警戒したのである。
「なんだ……。根も葉もない噂を……。あの小夜子がそんなことをするわけないだろ?」
 ところが、夕美は大きくため息をついた後で、思いのほか冷静にそう答えた。
「だけど、ですよ? 火のないところに煙は立たないっていうじゃないですか」
「なにお前? あたしを怒らせたいの?」
 ぴしゃり、と冷たい眼で、香苗は夕美に叱咤された。
「あのねえ……。お前は知らないだろうけど、小夜子はそういうことと完全に正反対の方向にいる女だよ。普段はへらへらしてるけど、一体いままでどんな教育を受けてきてたのか、ものすごおく礼儀礼節を大事にするような女だし。馬鹿みたいに古風な考えを持ってるような奴だ。まあ、理由は他にも色々とあるけど、小夜子に限ってそりゃあないさ」
「ですよね。私も一条さんと実際に話すまでは、いかにもお嬢様ってイメージ持ってましたし。……けど、だからこそなのか、その噂に、鶏内先輩が食いついてるんです。あの人の事だから、少しでもネタになりそうなことは、捏造してでも記事にしますよ」
 ふむ……。と夕美は考え込んだ。
「火のないところに、か……。分かった。ちょっとこの後つきあえ。朝村」
「え……? 何か、教えてくれるんですか?」
「あいつのためにってのが癪だが、まあ、そうゆう話をあたしが聞くのも気分悪いし」

 午後八時を三十分ばかり過ぎた。それでも、成上駅前にいる人の数は減る様子もなく、依然として多くの行きかう人々で賑わっていた。それは帰宅しようとしている、いわゆるサラリーマンたちが多いこともあるけど、駅の正面にある商店街へ、これから遊びに行こうとしている大学生集団などがいることもあって、活気があるのだ。
 特にこの駅前は、待ち合わせ場所として使われることが多い。と言うのも、噴水がある駅前の広場は見通しが良く、かなりの広さを持っているからだ。
 その成上駅前の広場から少し離れた位置に、私と柳瀬さんは変装した姿でやってきた。
 柳瀬さんは、いつものパーカーを羽織らず、紺のジーパンに、白茶色のシャツと、普段はかけていない眼鏡までかけてきていた。ただし伊達メガネではなく、ちゃんとレンズの入っている眼鏡である。知らなかったけど、実は目が悪く、乱視というのも入っているのだとか。そして、最も目立つ白に近い金髪は、頭にかぶっている黒いキャップの中にすっかり仕舞い込み、一目見て彼女だとは分からないような格好をしていた。
 私はというと、地味な格好です。それだけです。私のことは気にしないでください。
 それよりも、私は気になることが、一つあった。
「いまさら言うのもなんですけど……」
 駅前の喧騒は繁華街ほどではないにしろ、やっぱりうるさく、私の声はかき消されそうになった。それでも、柳瀬さんは振り返ってくれた。
「なんでこんな時間に待ち合わせなんですか?」
「本当に今更だな。まあ、もうちょっと待ってなって」
 それから私たちは、駅前広場の様子を見ていた。
「……ん? おい、朝村。あそこにいる男。お前んとこの部員じゃねえの?」
 しばらくすると、柳瀬さんが指を差した。その先には、確かに新聞部の部員がいた。同じ部員の私ですら気づかなかったのに、この人ごみの中でよく見つけられたものだ。
「……ちなみにあの人ですよ。誹謗中傷とゴシップが大好きな鶏内先輩。手ぶらに見えますけど、ポケットの中とかにデジカメ入れてるはずですし、……どうします?」
 私がそういうと、柳瀬さんは大胆にも先輩の所へと向かい始めた。
「おいこら、新聞部。そこで何してる」
 そして、先輩の背後から声をかけた。
「ああ? 誰だおま……、げえっ! ヤナセユミ!」
 振り返った先輩は、顔を恐怖色に染め上げながら、悲鳴を上げた。
「この野郎。人の顔見てしつれーな奴だな」
「お、お、お、お前こそ先輩に対してなんて口のきき方だよ!」
「あ? なんだと? 死にかけの鶏みてえな顔してるくせによ。メガネ叩き割んぞ」
 確かに死にかけの鶏みたいな顔と声をしているけど、柳瀬さんはそれが気に食わなかったのか、だんだんと本気でがんを飛ばすようになってきた。
「それよか、ここで何やってんだっつってんだろ? さっさと答えろ鶏」
「お前には関係ないだろ! とにかく、さっさとどっかにいけよ!」
「行くも何も、これからここで演奏すんだけど」
 と、柳瀬さんはポケットからハーモニカを出した。いつも持ち歩いているのだろうか。
「はあ? これから、ここで? いや、それはどうでもいい。それよか、おい、朝村。お前はなんでヤナセユミとここにいるんだよ。お前、まさか部長命令を忘れて、そいつとつるんでるんじゃあないだろうな?」
 さっきからいたのに、今頃その話をするのか。まあ、何と言われようと、女子部員の情報伝達速度があれば、なんとでもなるからいいけど。
「おい。新聞部。今はあたしと話してんだろ? よそ見してんじゃねえ」
 眉間にしわを寄せながら、柳瀬さんがぎろりと先輩を睨んだ。すると、死にかけの鶏は舌打ちを打ちながら、そそくさとその場から逃げ去った。
「なんていうか、さすが柳瀬さんって感じですね」
 あの人、かなりしつこいことで有名なのに、やはり柳瀬さんは恐いのだろう。
「やかましい。……それよか、ほら、あれ」
 くい、と柳瀬さんは顎で駅の方を指した。振り返って駅の入り口を見ると、そこには一条小夜子が立っていた。さっきのごたごたの内に現れたのだろう。
 ただ、一条さんは、本当に彼女なのだろうかと疑ってしまうほど、普段とは違う格好をしていた。彼女にしては珍しく、ふりふりとしている、小町鼠の長いワンピースドレスを着ていたのだ。しかも、彼女のトレードマークとも言える長い髪は、うなじ辺りで赤いリボンでまとめられており、たぶん、化粧もしている。明らかにめかし込んでいた。
「誰かを待ってるみたいですね。……でも、あの格好。ほんとにエンコーしてるんじゃ」
 離れた位置から一条さんを監視していると、しばらくして若い男が現れた。
「あ、あの人ですか? 結構かっこいいですし」
「ちがうよ。……大体、エンコーじゃないってのに」
 柳瀬さんのいうように、私の予想は見事に外れた。男は一条さんに何かを言っていたようなのだが、彼女が首を横に振ると、男はすごすごと去って行った。
「ほらな? ただのナンパだ」
 そう言いながらも、柳瀬さんは妙にそわそわしていた。心配していたようだ。
 それから二十分ほど過ぎて、ようやくそれらしい男が現れた。
 黒いスーツに、冴えない顔の、見た感じ、どこにでもいるような会社帰りのサラリーマンである。それでも、一条さんはその男を見つけると、嬉しそうにかけていき、いつも柳瀬さんにしているように、男の腕に抱きついたのである。
 あらあ、と私は思わず声を漏らした。たぶん、柳瀬さん的には一番見たくない光景だったはずだろうし、どうも噂は本当だったっぽいのだ。
「一条さん。やっぱり……。しかもあんなダサダサなおっさんと」
「うるさいなあ。いいから、ほら。後をつけるぞ」
 さらに踏み込むつもりらしい。さすがにここで調査をやめてしまっては、鶏先輩と同じだし。本当のところを調べないと、もやもやとしたままでは私だって気がすまない。
 そして、私たちは一条さんに気づかれない程度の距離を開けて後をつけて行った。
 夜の商店街を楽しげに会話する一条さんの姿を見ていると、柳瀬さんの隣にいることもあって、正直かなり気まずくなってしまう。言葉なんか、一言も交わせはしない。
 と、二人は商店街の中にある、一件のファミリーレストランへと入った。
 なぜファミレスに入ったのだろうか。ともかく、私と柳瀬さんはそのファミレスに入った。店内を見回すと、時間も時間であるためか客の数はそれなりに多かったけど、すぐに一条さんと冴えないおじさんを見つけることができた。しかも、都合よく一条さんは店の入り口から背を向けている状態で、正面に座っている男と会話をしていたのである。
 ただ、二人が座っているのは店の中でも一番奥の席で、その上、一番近い席には運悪く他の客がいた。私たちは仕方なく、少し離れた位置に座ったのだが、そこからでは二人の会話はほとんど聞こえてこないため、とりあえずは様子を見ることしかできなかった。

 小夜子の口は止まらなかった。
 夕美や、最近は香苗と遊んでいる時は、それはそれで楽しくもあるし、日ごろの鬱憤も晴らせるのであるが、しかし、この時でしか発散のできないこともあったのである。
「それでね。久しぶりに屋上に行ってね、今日は夕美ちゃんと二人っきりでお昼ごはん食べたの。夕美ちゃんから誘ってくれることも少ないし、ちょっとうれしかった。あっ、でもやっぱりお昼はパンだけってのはどうにかしてほしいよね。健康によくないし」
「そうだな。まだ高校生なんだし。しっかりと食べないと」
 と、小夜子の正面で彼女の話を聞いている男は、相槌を打った。整髪料で固めた髪に、細い顎と、穏やかな目が特徴の、頼りなさそうだが、同時に優しそうな男である。
「ああ、そうだ。そういえばこのまえ聞き忘れたんだけど、最近、かあさんはどうだ?」
 男にそう言われて、小夜子は明るかった表情をやや曇らせた。感情に出やすいのは顔だけではなく、それから二秒ほどの間を開けて、そうねえ、と一気に声を落とした。
「うん……。いつもどうりだよ、ほんと。ちょっと疲れ気味。仕事が大変なんだろね。顔見れば分かるよ。でも、怒るときは疲れてるの忘れてるのか、すっごいしつこい」
 小夜子は、あまり母親とはうまくいっていなかった。元々お父さんっ子だったということもあるのだが、やはり父から親権を奪った上、苗字だけでなく、父からもらった『小夜子』と言う名まで変えられてしまったことが、どこかで許せないでいたのである。
 だからこそ、小夜子はこうして、週に二度、父親である一条夜志人(よしと)とこっそり会っていた。それが、彼女の母に対するささやかな反抗なのであった。
「あまり、かあさんを困らせてやるなよ」
「うん……。分かってる……」
 それでも小夜子が母親と二人暮らしをしているのは、父に頼まれたからである。
 成上高校に入学する前、小夜子の両親は離婚した。いつかはそうするだろうと小夜子も予感していたのだが、いざその日が来ると、彼女は流れに身を任せるしかできなかった。
 本音を言えば、小夜子は父と暮らしたかったが、かあさんを支えてやってほしい、と頭を下げる父を見たとき、そのような姿を見たくなかった小夜子はわがままを言えず、自分の中の感情を押し殺して父の言うことを聞いたのであった。
「でもね。最近、おかあさん、たばこの量がちょっと増えたのが心配かな。わたしもついつい反発しちゃうのもあるだろうけど、仕事はやっぱり大変みたいだし。グチばっかり」
「そうか……。静江さんは、結構ため込む方だからな」
「ねえ。おとうさんの方はどうなの?」
 空気が重苦しくなり、会話が続かなくなる前に、小夜子はすぐに話題を切り替えた。
「そろそろ結婚してくれないと、わたしも安心できないわよ」
「はははっ。そういうことは、普通、親の言うせりふだろ?」
「あら? おとうさんはわたしが誰かと結婚しちゃったりしても平気なの?」
 意地悪そうな顔をしながら、小夜子は茶化した。
「そりゃあ、してほしいよ。……折角、小夜子は一条家の人間じゃなくなったんだ。とうさんとしては、人並みの幸せを送ってもらいたい」
「そんな!」
 と、小夜子は思わず大きな声を上げてしまった。それに驚いた他の客や店員に見られたからではなく、小夜子は次に言おうと考えていた言葉を一度、飲み込んだ。
「わたしは……。名前が変わってもやっぱり小夜子。一条小夜子だよ。ご先祖さまたちみたく立派な人間になりたいって思うし、それにわたしはこの名前が気に入ってる……」
「だけどな。『一条』の人間であるかぎり、いつか必ず辛い目にあうんだぞ」
 それは覚悟の上だ、と息巻きたいが、まだ父ほどの経験を持っていない小夜子には、その道の過酷さを十分には理解しきれてはいない。いや、理解していないことは理解しているため、小夜子は何も言い返さなかった。言い返すことができなかったのであった。
「……この話は、また今度にしよう。な? それより、晩ご飯まだだろ? 何か食べたいものでもあるか? とうさんもおなかがすいたよ」
 ぱし、と手を叩いて、父は優しく声をかけてくれた。頼りない笑顔ではあるが、小夜子はその顔を見て、わたしはこの笑顔に弱いな、と自分自身に呆れつつ、同時に笑った。
「じゃあ、前から食べたかったのにしよっかな。あと、ちょっとお手洗い行ってくる」
 そうして注文をすませた後、品物が来るまでの間、小夜子は手洗い場へと向かった。

「一条さんたち、なに話してるんでしょうね」
 気にはなるけど、やっぱりこの位置からでは全く会話が聞き取れない。
「ちょっと修羅場っぽい感じでしたけど、やっぱり付き合ってるとかなんですかね」
 私は続けて言ったけど、柳瀬さんはこんな時に携帯をチェックしてるばかりで、私の話をまったく聞いていない。心配じゃないのだろうか。
 と、突然、一条さんが席を立った。
「あっ。一条さん、トイレに行っちゃいましたよ。どうします? 男の方と話をするのは今がチャンスですよ。ガツンといっちゃいます?」
「お前、ちょっと黙ってろよ。頼むからさ」
 いつも凛々しく気品がある一条さんと、一匹狼が持っているような気高さのある柳瀬さん。そう言えば、私はこの二人の関係を、それほど詳しくは知らない。そもそも、一人でいる方が似合ってるような、孤高な雰囲気のある柳瀬さんは、なんで一条さんとよく一緒にいるのだろうか。嫉妬心が全くないとは言わないけど、私は純粋に気になっていた。
「……ねえ、柳瀬さん。前から気になってたんですけど、柳瀬さんはどうしてそこまで一条さんのことを気にかけるんですか?」
「ああ? なんだよ急に」
「実は柳瀬さんと一条さんって、できてるんじゃないかって噂になってて」
 ぶっふ! と、柳瀬さんは飲み物を噴き出しそうになった。
「……お前。それ本気で信じてんのか?」
「いやいやいや。私は半信半疑ですけど」
「半信半疑だあ? お前なあ……。例えば野球部の投手と捕手が遅くまで残って練習してるの見て、同性愛者だと思うか? ふつう思わないだろ?」
 なに下らないことを聞いているのだ、と柳瀬さんは不機嫌そうな顔をした。
「でも、こないだは友達じゃないなんて言ってたのに、今は疑いを晴らそうとしてるし」
「……中学の、二学期の初めにさ。あたし、東京からこっちに越してきてね」
 それから、ふう……、と深くため息をつくと、携帯をしまった。
「ほら、あたしってこんな『なり』してるだろ? 東京じゃ、あんまり人付き合いがうまくいかなくて。だからこっちきたときも、最初は誰に対しても警戒してたんだ」
「へえ。じゃあ、一条さんはそれでも話しかけてきてたんですか?」
「いや、一回あいつを追い払ったら、声かけてこなくなった」
 そう言えば、確か中学の頃の一条さんは暗い人だったらしいから、当時の一条さんからしたら相当な勇気を出して話しかけたのだろうに。この人は容赦ないな。
「じゃあ、どうして?」
「小夜子のやつ、あの頃は同級生にいじめられてて。……っても、それ知ったのは、その現場を見たときなんだけど。あたしはそういうのが気に入らないからな。そんで、つい助けちゃったんだよね。小夜子のこと。……それだけかな」
 それだけ? その割には、一条さんが一方的にっていうよりも、二人は互いに互いのことを信頼し合ってるように見える。学校探検で二人が見せた信頼関係は、友達とか、親友とか、少なくともそういうものじゃなかったってことだけは分かる。かといって、噂通り恋愛関係にあるようにも見えないし、私にはやっぱりこの二人の関係は、不思議だった。
「本当にそれだけなんですか?」
「本当にそれだけだよ。……なあ、小夜子?」
「わたしは夕美ちゃんのこと親友だと思ってるけどなあ」
「うわっ! びっくりしたあ!」
 私は思わず飛び上がってしまった。なんせ、たった今まで話題の中心になっていた一条さん本人が現れたのだ。それも、私の真後ろである。
「い、い、一条さん……。なんで私たちがいるって分かったんですか?」
「夕美ちゃんがここにいるってメール送ってきたんだもの」
 わたわたと手を回しながら、私は必死になって口を動かしていた。そうしていると、奥から小夜子の正面に座っていたスーツの男がやってきた。
「どうした、小夜子。ご飯、冷めてしまうぞ? ……っと、そちらはお友達かい?」
「そうだよ。夕美ちゃんと、こっちが最近友達になった朝村香苗ちゃん」
 今、一条さんはなんて言った? 私は自分の耳が信じられず、柳瀬さんの方を見たのだけれど、柳瀬さんは特に驚いていないようであった。
「オトーサン?」
「うん。うちのおとうさん。かっこいいでしょ」
「元、父親だけどな」
 男は笑った。それが気に入らなかったのか、一条さんは肘で男の脇腹をどついた。
「おとうさんはおとうさんだよ。しょうもないこと言わないの」
 そして、一条さんはぷりぷりと怒りながら、腕を組んだ。
「そういうわけだから。おい、朝村。お前、あの鶏によおく話しておけよ?」
「それはもちろん。……でも、火のないとこにっていうのは、よく言ったもんですね」
 言いながら、私がメモ帳に書き込みをしていると、柳瀬さんがメモ帳を取り上げた。
「何の話?」
「なんでも? それよか、あたしらもそっちの席行ってもいい? せっかくだし」
「いいよん。そうだ、二人にもおごってあげてよ、おとうさん」
 
 小夜子の父親が会計をしている間、夕美と香苗、小夜子は外で夜風に当たっていた。
「ああ、食った食った……。一人暮らしだと滅多にないからな。こんな機会」
「そういえば柳瀬さんて、一人暮らしなんですよね。今度遊びに行っていいですか?」
「ヤダよ。あわよくば、泊まろうとか考えてるだろ、お前」
「じゃあ今度、夕美ちゃん家でお泊りしようよ」
「いや、だから、なんでそういう話になるんだよ」
 そうして三人で話していると、小夜子の父が店から出てきた。
「あ、どうも。ごっそうさんです」
「ごちそーさまでした」
「なに、これぐらい。……そうそう、小夜子。すっかり渡すのを忘れていたけど」
 言いながら、小夜子の父は、鞄から袋を取り出し、それを小夜子に渡した。受け取った小夜子は、袋を開け、中身を確認した。中に入っていたのは、白いブラウスであった。
「ありがとう! 助かったわあ」
 それを見た香苗は、そうか、と心中で叫んだ。数日前、小夜子は犬殺しの犯人を追った際に、着ていたシャツに穴をあけた上、血で染めてしまっていた。さすがに、それを母親に報告するわけにはいかなかったのだろう。
「ところで二人はどうやって帰るの? 夕美ちゃんは歩いて帰る? かなちゃんは?」
 二人が小夜子の質問に答えようとした瞬間であった。唐突に、心臓にまで響くほどの大きな衝撃音が、人々の行きかう夜の街中で響いた。香苗や、夕美や、小夜子の父親は音のした方に目を向けた。見ると、砕けた電光看板が路上に落ちている。留め金でも朽ちていたのか。とはいえ、幸い辺りを見てもけが人らしい人は見当たらず、ただ『お好み焼き』という文字が街灯の光に当てられているばかりであった。
「びっくりしたあ。あんなのが頭の上に落ちて着たら、絶対に死んじゃいますよね」
 笑いながら、香苗は振り返って、小夜子に言った。
 そこで、香苗は初めて、小夜子が尻餅をついていることに気がついた。しかも、どこか様子がおかしくあった。荒々しく呼吸しながら、体をがたがたと震わせているのである。
「小夜子、大丈夫?」
 夕美がすぐさま、小夜子のそばでしゃがんで彼女の手を取った。続いて、小夜子の父親も、小夜子の肩を持ちながら背中をさすった。その光景を見た香苗の脳裏に、学校で聞いた噂話が浮かんだ。雷に対して過剰なまでに反応し、パニックになったという話である。
 小夜子が落ち着くまで、夕美と小夜子の父親が彼女をなだめると、小夜子は父親が呼んだタクシーで帰宅した。小夜子のことを心配していた夕美も帰宅し、香苗も駅まで戻って電車で家まで帰ったのだが、香苗はしばらく、この日のことが頭の中で引っかかった。
 








学校七不思議編と比べると
都市伝説編は怪事件系が多くて、どうしても地味になってしまう
なるべく面白おかしく書きたいが、何でもかんでも噂が噂通りってやるより
今の形の方がいいと自分では思っている

今回は、主に一条小夜子に関連した噂の真偽についてってところがあるけど
後の展開的に重要な話をまとめていたりもする

あまり、過去回想編みたいな展開を使いたくなくて
っていうのも、この物語は一番大きな仕掛けの性質上
どうしても現在進行形で話を進めないといけないから
だから、普通なら過去回想で一話使いそうな話もここに入れておいた

……もっとも、ここでの話を覚えてもらわないといけないのだから
この形は良策とはいえないだろうが


次回辺りそろそろ心霊物をやりたい
PR
コメントを投稿する

HN
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
カレンダー

03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
カテゴリー

スポンサードリンク

最新コメント

[02/01 シーラ B]
[02/01 さと]
[01/23 シーラ B]
[01/23 さと]
[01/19 シーラ B]
最新トラックバック

プロフィール

HN:
シーラさん
性別:
非公開
バーコード

ブログ内検索

P R