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今は遠き夏の日々 ~都市伝説編 その三~

 白服怪人の噂

 六月二十六日木曜日。
「柳瀬さん! 一条さん! 変な噂を聞いちゃいました!」
 香苗の眼をきらきらと輝かせているのは、好奇心の光であった。
「へえ、どんなの?」
 好奇心は好奇心を呼ぶ。楽しそうにする香苗を見て、小夜子の中でも興味が湧いているようであった。だからこそ、彼女は手に持っていた箸を一度置き、耳を傾けた。
「どんなでもいいよ。それが面倒事じゃなけりゃあさ」
 夕美にしてみれば、どんな内容であれ、噂話と言うものは、大抵の場合はデマか、あるいはろくなものではない。もそもそと焼きそばパンを頬張りながら言った。
「面倒かどうかは別として、駅前通り関連の新しい噂なんですけどね」
「駅前通り? あの辺りってほんとに変なことよくあるよね。デパート工事も止まるし」
「ですよねー。とにかく、最近、駅前通りの方で変な人が出るって話なんですよ」
 駅前通りと言えば、成上市の商業地区のことである。
 元は成上駅前の小さな商店街だったのだが、成上町が近隣の町と合併したことに伴う市への昇格により、都市開発が進められ、繁華街となったのである。そうした歴史があり、今でも『駅前通り』と呼ばれているのだが、ともかくとして、成上駅よりも南側は、現在でも商業地区としての発展を続けており、中心街から外れた場所にある古い建物を取り壊しては、背の高い、真新しい店を建てている、そう言った場所であった。
「ああ、さすがにその話はあたしでも知ってらあ」
 興味がわいたわけではないが、夕美は口を挟んだ。
 成上市は、街の開発が進むにつれて、妙な噂が増えていた。近ごろ多発している事故や事件が、少々普通ではないということを、夕美は気にしていたのである。
「あれだろ? 商店街の路地裏とかで、残飯あさってる男がいるとかって話だろ?」
 と、夕美が言うと、香苗は舌を鳴らしながら人差し指を振った。
「柳瀬さん、ジョーホーが古いですよ。それ、もうだいぶ前の話です」
 言われて、腹立つ女だな、と夕美は眉をひそめた。
「その残飯男、確か亡くなったのよね。つい最近。しかも変死したんだったかしら?」
「ああ? 変死? そうなのか?」
「本当に知らないんですね。あれですよ。どうやって侵入したのか、まだ分かってないらしいんですけど、市長の自宅で死んだらしいです。しかも、死んだ残飯男の首には、獣に噛み切られた跡があったらしいんですけど、獣が侵入した形跡もないとかなんとか」
 香苗は、得意げにぺらぺらとしゃべっていた。
「で? 今回のはそれと違うんだろ?」
 食事中に気持ちの悪い話だ、と思いながら、夕美が最初の話題に戻した。
「そうでした。……私も今日きいたばっかりなんで、まだ本当のところは分からないんですけど、最近、駅前通りの中心部ら辺に、真っ白な服を着た人が出没するんですって」
「真っ白な服の人?」
「聞いた話だと、毎日同じ場所、同じ時間に、全く同じ白い服を着た男が現れるらしいんです。白い帽子に、白いスーツと、白い革靴の、全身白ずくめの男。しかも、バラの花束を持ってうろついているんだとか」
 言われて夕美が想像したのは、さらにサングラスをかけたひげ面の男である。
「……それって、ちょっと危ない感じの仕事してるような人なんじゃないの?」
「私も最初そう思いましたけど、考えてみてくださいよ。仮にやく丸さんだとして、じゃあなんで繁華街なんて人の集まる場所で、やたら目立つ格好して現れるんです?」
「それに、いつも同じ時間、同じ場所っていうのも気になるわね」
「でしょー? 気になりますよねえ? それから、その白服の怪人を見かけると、なんかいろいろとおかしなことが起きるらしいですよ。三組の男子は宝くじが当たったとか言ってましたし、四組の卓球部の子なんか、その人見た次の日に事故にあって入院したとか」
「へえー。幸も不幸も両方とも呼んじゃうってわけねえ」
 と、小夜子は頷いた。そして、新しい玩具をもらった子供のような目をして顔を上げた。
「じゃあ、調べてみようよ。面白そうだし。それに、一昨日は参加できなかったし」
「あたしは反対だね。極力、危ない目に合わなさそうな話にしようぜ」
 六月二十七日金曜日。
 放課後になると、小夜子と香苗が夕美の机に集まった。二人は、まるで遠足に行く前の子供のように活き活きとしているため、夕美には少々うっとうしく思えていた。それと同時に、そうしてやる気を出す二人を見ながら、夕美は内心、なぜその情熱をもう少し勉強に向けられないのだろうかと、不思議そうにしながら見ていた。
「さて、諸君。今回の白服男の噂を検証する前に、まずは集めた情報を整理しておこう」
 小夜子の声を聞いて、宝塚の男役かよ、と夕美は頭の中で悪態をついた。
 続いて、小夜子が夕美の机の上で成上市の地図を開き、香苗がその上に手帳を置いた。
「それじゃ、かなちゃん。白服男が現れる場所と時間をお願い」
「ええとですね。時間は大体になるんですけど。五時半ごろに駅前通りの中心、マックのある辺りで出没するっていうのが一番多いですね。それから次に多いのが、五時から五時半ぐらいの間に駅前広場とか、とにかく駅周辺。あとは場所が離れちゃうんで信憑性があんまりないんですけど、市役所とか図書館の近くだそうです」
「市役所の方の時間は?」
「ええと、五時半以降ですけど、六時とかに見たっていう話はないですね」
 ふむふむ、と小夜子は聞きながら地図にしるしをつけていった。
「てことは、この人の通り道が大体この辺りってことね」
 駅前から、駅前通り中心地を抜けて、市役所、図書館と、小夜子は線を引いていく。
「まあ、時間のずれ具合から見ても、そんなもんだろうな」
 夕美は最初、白服男のことを、口裂け女と同じで、口承で広まった架空の人間だと考えていた。しかし、こうして見るとばらばらの目撃情報も、その人物が本当にいるように思えてくるほど、場所的にも時間的にもきれいに並んでいた。
「ちなみに、現れる日とかって、決まってるのかな?」
「どうでしょう。結構前から出没してたらしいですけど、曜日はばらばらですし、日にちにも関連性は特にないみたいですよ?」
 言いながら、香苗は印のついたカレンダーを見せてきた。
「ふうん。毎日の週もあれば、そうでない週もあるのね。……でもまあ、大体の場所と時刻は分かったんだし、とりあえず駅前に行って様子を見ることにしようか」
「このくそ暑い中で張り込みでもするのか……?」
「もちろん!」
 そうして、香苗と夕美と小夜子は、共に学校からそのまま成上駅へと向かった。
 とはいえ、この探索に夕美が参加する必要はない。それでも彼女がついていくのは、ひとえに小夜子と香苗の二人だけで探索させることが心配だったからである。暴走しないように監視する、ある意味、保護者的な立ち位置で二人の後についていったのであった。

 六月二十七日金曜日。午後四時四十分。
 駅前広場にやってきた夕美は、ふと、頭上を見た。見上げると、日の光を僅かに隠す程度の、薄い雲が張られている。いくら梅雨が明けかけて夏に入り始めているとはいえ、何ともはっきりしない天候である。もっとも、涼しくはないが、日が照っている時ほど暑くもないため、活動しやすくはあった。
 とはいえ、夕美のように長袖のパーカーを羽織ったうえに、フードまでかぶり、しかも膝上まで伸ばしている靴下をはいていたりなどすると、もはや暑いどころの話ではない。
「ねえ、柳瀬さん。暑くないですか?」
 さすがに季節外れな格好に、香苗が指摘した。
「あっちいよ。だから早いとこ、その白服男を探そうぜ」
「そりゃあ、探しますけど……。暑いなら脱いだらいいんじゃないですか?」
「これでいいの」
 言って、夕美は来る途中、コンビニで買った炭酸飲料を飲み始めた。
「ちょっと、二人とも! 駅みて駅!」
 と、小夜子が飛び跳ねながら夕美の肩を揺らした。
 見ると、駅の入り口に、妙な人物がいる。黒いリボンのついた白い中折れ帽に、真っ白なスーツと、靴まで白に統一した男が、駅前通り方面へと向かっているのである。
「うわあ……。あれは絶対に関わっちゃいけない系の人間だろ……」
 夏場にパーカーで出歩いている夕美も十分不審者に見えるが、白服男は夕美とは比較にならないほどに、周囲から完全に浮いていたのである。
「よしっ! とりあえず、あとをつけてみようよ、二人とも」
「ばっか、お前。危ない目にあったりしたらどうすんだよ」
「ええ! 行きましょう!」
「お前もなにはりきってんだよ朝村!」
 小夜子と香苗が歩き出し始めたため、仕方なく夕美も彼女についていった。
 白服の男は、噂から予測した進路に沿うように、駅前通りへと入った。
 駅前通りには、本通りとも言うべき場所がある。駅からでて真正面に見える道がそれである。ここは、車はおろか自転車での通行すら禁止されている、幅の広い歩道と道路一体型の道となっている。通りの両側には洋服店から雑貨店など、様々な店が立ち並んでおり、頭上にはそうした道を覆うようにアーチがある、いわゆるアーケード商店街となっている。
 ほとんど、どの時間帯であっても人通りが多い場所である。そのためか、いくら白服男の姿が浮いているとはいっても、着物姿で歩く貴婦人のように、稀に見られる光景として道行く人々は見ているようであった。とはいえ、やはり目立つものは目立つのである。
 そうして駅前通りをいくらか進むと、男は古風な家具屋の隣にある道に入った。広めの駅前通りから、道幅の狭い路地へと入ったのである。
「あっ。あの人、お花屋さんに入って行きましたよ」
 花屋で何を買って出てくるのだろうか、と待っていると、白服男は大きなバラの花束を持って店から出てきた。全身白ずくめであるため、男の異様さに拍車がかかっていた。
「分かった! あれだ!」
 小夜子が、ぽんと手を叩きながら声を上げた。
「耳元でわめくな。なにが分かったって?」
「あのバラの花束の中に、散弾銃が仕込んであるのよ」
「……それじゃあ、なにか? あの花屋は、実は武器屋だって言いたいのか?」
「ごめんなさい。なんでもないです」
 三人は白服男を見失わない程度の、しかし気づかれない距離を保ちつつ、追跡を続行していた。ところが、慎重になりすぎていたせいか、あるいは単に、尾行の素人だからか、それからほどなくして、三人は男を見失ってしまった。
「あれ? おかしいな。こっちの角、曲がったと思ったのに」
 しっかりとあとを追っていたはずなのだが、辺りを見回しても男の姿が見当たらない。あれだけ目立つ格好をしているのだ。見逃すはずはないのだがそれでも白服はいなかった。
「完全に見失ったな。まあ、いることは分かったんだし、帰ろうぜ」
「ちょっと待ってください。こっちの道の奥、今誰かいましたよ」
 さすが新聞部。目ざとい。
 香苗が指差したのは、立ち並ぶ建物の間、まさに路地裏と言うべき通路であった。一度に一人しか通れない狭さと、両側の建物によって日の光が遮られているその道は薄暗く、同時に辺りの温かみある景色とは反対に、冷たい空気さえ流れているように感じられた。
 成上市の開発を進めるうえで、無理やり市街地を造ろうとした名残か、そうした道ができていたのであろう。もっとも、そのことは今、彼女たちには関係がない。
「さっきの白服男ですかね?」
「さあ、どうだろう」
 その道を見たとき、夕美は何か、嫌な予感がした。特別、彼女の持つ霊感がそうさせたわけではなく、あるいは何か、霊的なものが見えたわけでもない。ただ、夕美の第六感が働き、その道を行くと危険が待っていると感じさせるのである。
「おい。もういいだろ。小夜子。朝村。今日のところは帰ろうって」
 夏場にパーカーを羽織っているからではない、嫌な汗が流れるのを感じ、夕美は焦った。
「まあまあ。反対側に抜けられそうですし、何かあればすぐ逃げればいいじゃないですか」
 しかし、香苗の好奇心は止まらない。いや、もとより香苗と小夜子の二人がおとなしく引き下がるとは、夕美も思ってはいなかった。だからこそ、彼女は余計に焦ったのである。
「分かった。やばいって思ったら、すぐに逃げるぞ」
 そして、先頭を小夜子、続いて夕美、香苗と、三人は恐る恐る、夏の昼とは思えないような静けさと、冷たさのある路地裏へと入って行った。
 ここは、たった今までいた商業地と同じ場所なのだろうか。夕美の感じる悪寒は、さらにひどくなっていった。喧騒はどこか遠くに感じられ、三人の足音がいやに反響している。その上、今日が曇り空だということもあって、路地は本当に暗かった。それも、来た道が妙に輝かしく見えるほどなのである。
 と、唐突に開けた空間に出た。家一軒分の空間である。周りにはしっかりと、背の高い建物があるというのに、このぽっかりと空いた空間だけ、あたかも建物が消えたかのように錯覚してしまうほど、綺麗に何もない、行き止まりになっていた。
「誰もいないじゃない」
 そう。誰もいない。人はおろか、もの一つないのである。
「あれえ? おっかしいですねえ。確かに人影を見たんですけど」
「しょうがないわねえ。戻るしかないか」
 内心、何もなかったことに安堵しながら、夕美は振り返った。
 瞬間、夕美は、いや三人は固まった。
 そこには、来た道を塞ぐように一人の男が立っていたのである。
 白服の男ではない。水色のパジャマ姿の男である。
 見るからに、普通ではなかった。着ている服だけではない。ぼさぼさの髪に、猫背どころではなく、深くうなだれるように曲げた背と、獣の臭いがしているのである。男の息遣いも普通ではなく、大きく体を上下させていることから、興奮しているようであった。
 もはや、不審者、と言うより、異常者、と言ったほうが正しい姿であった。
「え、えっと。だいじょーぶですかあ?」
 声を震わせながら、香苗が声をかけた。
 すると、男はすり足で、ゆっくりと近づき始めた。
「おい、おっさん! それ以上近づくんじゃねえ! 今すぐ後ろに下がれ!」
 よく通る声で、夕美は叫んだ。しかし、聞こえていないのか、男は足を止めない。
「二人とも、下がって」
 それを見て、小夜子が夕美の前にでた。
「最後の警告です! そこで止まらないと、こちらも手を出しますよ!」
 小夜子がそう言って、もう一歩前に出た瞬間、異変が起きた。
 男が、急に四つん這いになったのである。
 そして、そのまま犬のような格好をして三人に襲い掛かってきた。
 男の行動に不意を突かれ、小夜子は一瞬、出遅れた。
 それでも、飛びかかってくる男の動きをしっかりと見ていた。小夜子は男の右腕に手を回し、男の手首と腕を持ったまま懐に潜り込み、足を払った。そうして地面に叩きつけた男の腕を背に回し、動きを封じたのである。
「動かないでくださいな。この腕、へし折りますよ?」
 ぎらり、と小夜子は凄まじい剣幕で、男の背中越しに睨みつけた。
「今のうちに行って!」
 小夜子は、夕美と香苗を見ずに叫んだ。
 夕美は小夜子の指示に従い、香苗と共に逃げようとしたのだが、小夜子と男の様子がおかしいことに気がつき、足を止めた。見ると、男の腕が徐々に背から離れているのである。同時に、小夜子も相当力を入れているのか、辛そうな顔をしていた。
 と、抑え込むことをあきらめたのか、小夜子の方から男の腕を解放してしまった。それから小夜子は、さっと後方に跳ねて距離を開けようとした。しかし、そうして距離をとろうとした時、今度は男の方が素早く小夜子の腕を掴んだ。
 すぐさま、小夜子が反撃に出た。開いている手の、手首辺りで男のあごを強く打ち上げたのである。すると、男はよろめいたのだが、それでも手を離さない。
 小夜子は、続けざまに、上段回し蹴りで男の側頭部に強烈な衝撃を与えた。さすがにこの追撃には耐えかねたか、男は小夜子の手を放しながらのけ反った。――のだが、体勢を完全には崩すことなく、ぐっと持ちこたえ、血走らせた鋭い眼で小夜子を睨んだ。
「いやん。どうしよう。まずいかもしんない」
 言いながら、一歩、二歩、と小夜子は後ろに下がった。
 依然、夕美と香苗の前には小夜子の後姿があり、その奥には男の姿がある。来た道は男の背後にあるため、隙を見て逃げることも難しくあった。
 刹那、男の眼がぎらりと光った。足や、腰や、体のあらゆる部位が、攻撃の態勢に入ったのである。と、それとほぼ同時に、
「でえい!」
 突然、路地の方から現れた別の男が、目の前にいた異常者を全身で突き飛ばした。
 その男の姿を見て、三人は呆気にとられた。
 現れたのは、中折れ帽からスーツ、靴まで、全身白ずくめの男だったのである。しかも、白いひげにしわだらけの顔と、男はどう見ても七十ほどの老人であった。
 呆ける間もなく、パジャマ姿の男は起き上がり、今度は老人を睨んだ。そして、四つん這いの状態で、しかも唸り声をあげるため、まさに獣そのものであった。
 対して老人は、両足を広げつつ、膝を曲げて腰を落とし、ずっしりと構えた。瞬間、夕美には老人の来ている白いスーツが、着込んだ空手の道着に見えた。
 と、人とは思えないような素早さで、男が襲いかかった。
 男の動きを完璧に捉えているのか、老人は正確かつ一切無駄のない動きで、男のみぞおちに突きを入れた。それだけで男は呼吸ができなくなったのだが、老人はさらに男のあごを狙って拳を叩き込み、男を止めたのである。
「お嬢ちゃんたち。今のうちに警察を呼んでくれんか」
 老人は、乱れた服を直しつつ振り返ると、にい、としわを寄せながら笑った。

 複数のパトカーが、雑居ビルの集まる商業地の一角に集まり、何人もの警察官が路地裏に押し掛けた。そして、事情を聴くためにパジャマ姿の男は起こされ、再び暴れだした。もっとも、さすがに警察官の数には負け、あっという間に取り押さえられていた。
 夕美たちは、その騒ぎを路地の外で聞いていたのだが、それでもいくつもの怒号が狭い道から飛んできたこともあって、男がどれほど暴れたのか、容易に想像できた。
 と、三人の女子高生は、女性警官に事情や襲われた時の状況を説明していたのだが、その途中、夕美は後ろ手に手錠をかけられた男が連行されていく姿を見た。
 明るいところで見ると、男の容姿がいかに異様なものであるか、はっきりと分かる。汚らしい頭髪に、げっそりとした顔つきは、吐き気がするほどに気味が悪く、その上、血走った眼を見開き、眉間にしわを寄せて歯をむき出しているのである。唸り声を上げながら暴れようとするその姿は、狂犬、と表現するほかなかった。
 男を見た瞬間、夕美の脳内で、ある映像が浮かんだ。妻と二人の息子を食い殺す、男の姿である。今、夕美の目に映っている男が、本当についこの間の事件を起こしたのかは分からない。見えた、と言うよりも、想像した程度のものだからである。それでも、夕美は頭に浮かべた光景に、背筋を凍らせた。
 軽い聴取を終えた後、夕美たちは白服の老人に声をかけた。
「先ほどは危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
 と、小夜子が深々と頭を下げながら言い、夕美と香苗も続いて礼を言った。
「いやなに。そう大したことじゃあない」
 老人は気さくに笑った。先ほど夕美は、聴取の時にちらときいたのだが、老人は今年で七十五になるのだという。それであれだけの動きを見せたのだから、驚きである。
「あの、ところでおじいちゃん。なんでそんな格好をしてるんですか?」
 香苗はよく、いろいろと突っ込んだ質問をする。そうしたところを夕美は煩わしいとさえ思っていたが、この時ばかりはよくきいたと称賛し、同時によくきけるものだと呆れた。
「この格好か? ふっふっふっ。実はのう」
 
 駅前通りから南にしばらく進むと、中心地から外れているためか、次第に街並みは小汚くなってくる。少々入り組んだ道。背丈の揃っていない建物。年期の入った看板。優しさと、ほんのちょっぴりの寂しさがある建物たちの隅には、一件だけ、まるで雰囲気の違う建物が立っていた。木造の、柱や梁などがそのまま外に露出した造りをしている建物である。それは、中世の英国を思わせるような、可愛らしい家であった。
 その建物の扉を開くと、小さなベルが鳴り、
「いらっしゃいませー」
 明るい声が一人分、聞こえてくる。
 そして、中に入ってまず目にするのは、外壁にあったのと同じ、深みのある黒い梁と柱である。その梁があるだけで室内は重厚感と落ち着いた雰囲気に包まれているのである。
 そうした部屋の雰囲気とは逆に、室内を明るくさせる女性がいた。少しだけ茶の入った長い髪をうなじで束ねた、綺麗な女性である。ここは、その女性がたった一人で切り盛りしている、喫茶店であった。
「あら、おじいちゃん。今日はお孫さんと一緒なんですね。なにかあったんですか?」
 屈託のない笑顔で、女性店長は言った。
「いやなに。こんなにいい店は他にないから、孫たちに教えてあげたかったのだよ」
 誰が孫だ。このエロじじい。
 豪快に笑う老人を、夕美は呆れた目で見た。
 それから夕美たち三人は、老人の孫として紹介されたのだが、老人と女性店長は二人で世間話を始めてしまった。その上、空気を読んでか、注文した飲み物を受け取ると、小夜子が奥の席に移動しようといいだしたため、三人は店の隅に座った。こうなるともう、一体なんのためにここに来たのやら、と夕美は分からなくなっていた。
「元気なおじいさんですね」
 アイスティーを飲みながら、香苗が呟いた。
「元気っつうか、いい年して女のケツ追っかけてるだけだろ」
「でも、そのおかげで健康っぽいし、いいんじゃない? わたしたちも助けてもらったし」
 と、小夜子はへらへらと言いながら、紅茶にミルクを入れて、スプーンで混ぜた。
「てかさ。あたしらがじいさんの後を追わなきゃ、あの変人に襲われもしなかったろ」
「でも、そうしなかったらあの人、まだ野放しだったわけじゃないですか」
「いや、まあ、そうだけどさあ……」
 不満はあるが、しかし香苗の言うことも一理ある。ともかく、あの狼男も捕まったわけであるし、白服男もただおかしな方向にめかし込んだエロじじいだったのだ。文句を言うこともあるまい。そう考えながら、夕美はコーヒーの入ったコップを口に近づけた。
 ふと夕美は、隣にいる小夜子と、正面の香苗が自分に注目していることに気がついた。
「……? ……なんだよ」
「砂糖入れないんですか?」
「いいだろ別に」
「入れないと飲めないくせにい」
「うるせえよ!」

 六月二十七日金曜日。午後四時四十分。
「はあ……。なあんか、面白いことないものかなあ……」
 と、短髪の男がため息をついた。
「あるわけないだろ。――と、言いたいところだが。アレ、見てみろよ」
 言いながら、茶髪の男が、駅前広場の隅を指差した。男の指線と視線の先には、一人の女子高生がいた。長い黒髪に、凛とした表情の、夜空色の瞳をした、そうそういない美人である。とても十五、六の少女とは思えないような容姿だが、二人が彼女を女子高生だと認識しているのは、ひとえに制服のおかげでもあるだろう。
「いいねえ……。あんないい女、最近みてないぞ」
「オレもだ。ぜひとも『お知り合い』になりたいもんだね」
 互いに互いの顔を見ることなく、しかし示し合わせたかのように下品な笑みを浮かべると、二人は同時に動き出そうとした。ところが、
「やめといたほうがいいよ。アイツ、けっこー有名なヤツだし」
 男たちのそばには、見るからに品のない格好をしている女子二人がいた。そのうちの一人が、にやにやと男たちを小ばかにするような表情をしていったのである。
「なんだよ。オマエ、知ってんのか? あのコ、成上校の制服着てたぜ?」
「中学ンときに一緒だったの。だから知ってるよ。呪われた女だ、って」
「……。……呪われた女?」
 男は、再び少女に目を向けたのだが、彼女は近くにいた、制服の女子や、パーカーを羽織った女子と共に、どこかへと去って行った。
「ちっ。……ほらみろ。オマエが引き留めるから、行っちまったじゃねえか」
「まあまあ。代わりの女の子なら、いくらでもいるでしょ」
 そう言って、女は男をなだめたが、男はしばらく不機嫌なままでいた。
「……もし、あの子を呼べるとしたら?」
 と、今まで黙っていたもう一人の女子が言った。
「ワタシの『友達』が成上校に通っててね。上手いこと、誘い出せるかも」







たびたび戦闘担当になる小夜子さんだけど、
最初期のプロット段階では彼女の担当ではなかった。
というのも、この物語は、元は男3女3の計六人で進める予定だったからだ。
さすがにそれだけの人数を一度に動かすのは大変なので、
男子三人の担当を女子三人に追加で当てたから今の状態になっている。
『都市伝説編』の最初に登場したオカ研部長みたいにレギュラーから外しただけのもいるけど。
他のメンバーは、何らかの形で再登場させるかもしれないが、
現状、小夜子に絡める人間がいないような設定になってるから難しいかも。

初期の登場人物(旧オカルト研究部部員)
男1:戦闘担当 - ヒーロータイプだけど幽霊は怖い。 ごつい
男2:超能力者 - 難しい性格をしてて扱いづらい。イケメン
男3:推理担当 - オカ研部長として六人をまとめる。ふけつ
女1:ヒロイン - 物語の中心人物。のちの小夜子。
女2:霊能力者 - 彼女が参加しないと心霊物の噂は解決しない。のちの夕美
女3:情報担当 - 何にでも首を突っ込む。皆勤賞。のちの香苗

初期段階のプロットだと、全六人の『主人公』がいて
毎回、だいたい三人でチームを組んで噂を解決するというものだった。
これは、噂検証系のホラーゲームを自分が作るとしたら、
FF6やクロノトリガーみたいに参加メンバーを自分で選ぶものがいいなと考えていたから。
さらに言えば、選択されなかったキャラは部室でだらだらしてるシーンとか、そう言うのもあるといいなと参加したキャラ、参加しなかったキャラ、それぞれその時々でセリフが変わるとか、
そう言うのがあったらいいなと。FF6みたいにね。
そうなると特定のキャラを選ばないと噂検証に進展が無かったり、解決しなかったりと
手探りだと難易度の高いものになるけど、『夕闇通り探検隊』も難しいし。

まあ、この初期プロットを使った話はいつか書きたいと思っている。
他に書きたいのが色々とあるからいつになるか分からないけど
ただ、もし誰かこの初期プロットでゲームなりマンガなりアニメなりを作ろうという
そんな奇特な方がいたら連絡ください。それ用のプロットはまだ残っているので。

なんて言ってもこのブログで小説読んでる人、いないよね
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