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俺の屍を越えてゆけ 平安滞在記2 ~呪い~

交神の儀で娘を授かった、初代当主

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初代当主にとって、一人娘である香苗は、
単に自分の娘というだけではなかった。

彼はその生涯のほとんどを妖怪退治に費やしてきたのだが、
常にその背中を守り続けていたのは、娘の香苗であった。
また、彼が何よりも優先していたのは怨敵『朱点童子』の打倒ではなく、娘の安全であった。
彼にとって香苗は、最愛の娘であると同時に、絶対的に信頼のできる戦友でもあり、
そして、唯一『繋がり』を実感できる、何物にも代え難い人だったのである。

あるいは初代当主は娘を溺愛していたのかもしれない。
実際、彼は新たに交神して子を作ろうとはしなかったし、
女にうつつを抜かすようなこともしなかった。

とはいえ、彼は娘を甘やかすようなことはなかった。
それは、当主としての威厳を保つためでもあるが、
なによりも娘を過度に溺愛しているということを、
自身のプライドが許さなかったのである。

ゆえに、彼は常に厳格な当主であり続けた。
勇敢な父であり続けた。
死に際まで、そうであり続けた。

それが当主として正しい行いであったのかは、彼には分からなかった。
それが父親として正しい行いであったのかは、彼には分からなかった。
分からなかったが、彼が自らの死期を悟った時、
彼の中には悔恨の念がふつりと湧いた。

甘く見ていた。
寿命が短いということが、これほどまでに残酷であることを、
彼は今になって、ようやく気がついたのである。
娘のために何をしてやれたのか。
残される娘がどんな思いで生きていくのか。
同じ呪いにかかっている娘の為にも、
朱点童子の退治を何よりも優先しなければならなかった、と。

これまで、彼は確かに幸せだったことだろう。
だが、死期が近づいたこの時になって、
彼を支配しているのは後悔の念だけであった。

長い間、当主は考えた。
そして、その末に、彼はイツ花を呼んだ。
初代当主の娘である香苗には、一つの想いがあった。

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立派な当主となる。


香苗にとって、当主たる父が世界の全てである、と言っても過言ではなかった。

香苗にとって、父の背中は人としての模範であったし
当主の背中が彼女の秩序であった。

父以外の背中を、彼女は見たことがなかったし、
厳格で、勇敢な背中以外を知らなかったのである。

しかし、彼女が見る当主は、いつも後姿であった。
戦場では当主の背を追うことで精いっぱいで、
露払いに専念する以外にできることがなかったのである。

同時に、彼女が見る父親は、いつも眉間にしわを寄せていた。
父のために戦おうとも、命に従おうとも、秩序を守ろうとも、
父の表情は変わらず彼女は正しい行いをしている実感が持てないでいた。

それでも、香苗は必死に戦った。
必死に命に従い、必死に秩序を守った。
彼女は当主の求める人間であり続け、父の求める娘であり続けようとした。
模範的な生き方こそが、正しい行いをしていると自覚できるからである。
そうすること以外に、彼女は思いつかなかったのであった。


1019年の、夏の、中頃の事である。
当主が交神の儀を行い、新たな子を授かった。
香苗は姉になるのだと知らされた。
香苗は妹ができるのだと知らされた。

突然のことではあったが、香苗は動じなかった。
世界がそれを望むのであれば、その通りにするまでである。


だが、なぜ今になって……?


ほどなくして
当主は床に臥した。

当主様の、死期が近づいたのです……。

声を落としながらに、イツ花が言った。

瞬間、香苗の世界が、足元から崩れていった。

香苗は、当主の背中越しに、父の背中越しに見る世界以外を知らなかった。
この世の秩序は全て当主から生まれ、
彼女が戦う理由は父の傍にあった。

それがなくなってしまうことが、彼女には受け入れられなかった。

香苗は、生まれて初めて、酷く取り乱した。
それまで模範的であった反動もあるのだろう。
悲しみや、虚しさや、恐怖や、不安が、ない交ぜになって
香苗の心をかき乱した。

イツ花にもなだめられなかった香苗を制したのは、当主であった。

「香苗……」

擦れ声で、当主は言った。
当主の言葉である。
父の言葉である。
それを聞こうとする香苗は、頬を涙で濡らしながらも
その表情は、いつもの『当主の娘』であった。

「よく聞け……、香苗……。
当家は、お前が跡を継げ……。
お前が、二代目当主として、この家を守るのだ……」

「そして、朱点童子を討て……」

ふう……、と当主は一息ついた。
それを見て、香苗は口を開いた。

しかし、当主様……。
私に、二代目が務まるのか、不安でなりません……。

香苗はそう言おうとしたが、言葉を発することなく、口を閉ざした。
今まで、当主の背中しか見てこなかった。
一度たりとして、その隣に立つことはできなかった。
父の言葉に従ってきていただけの自分に、当主が務まるのか、分からなかった。

「しばらくすると、お前の妹が当家にやってくる……」

当主は続けた。

「名は『小夜子』と名づけた……。
妹の……、めんどうをみてやってくれ……」

ぐっ、と何かをこらえるように、香苗は息を飲んだ。
それを見て察したのか、当主は横になったまま、香苗の手を取った。

「悲しむことはない……」

「私は、朱点童子の呪いを受けてより、
いつかこうなるであろうことは……。
覚悟しておった……」

どこか、寂しそうに、父は言った。

それを聞いた香苗は、
なにも言葉を発することなく、ただ膝の上にぽろぽろと涙をこぼした。


「俺の死を 悲しむ暇があるなら」

当主が口を開いた。

「1歩でも 前へ行け
決して 振り向くな」

当主の言葉に、香苗ははっと我に返った。

「子供たちよ‥‥
俺の屍を 越えてゆけッ」







初代当主の娘である香苗には、一つの想いがあった。

立派な当主となる。

成らねばならなかった。

当主の言葉を守り、模範的な父の娘であるために。


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それから数日の後、
当家の門を、若い娘が叩いた。

若く、美しい娘であるが、

実にふてぶてしい面構えをした娘であった。

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