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赤毛の姫君 ~ 序章:一人の間者がいた

あらすじ

 エルヴィア国の若き王、アルフレッドは三月ほど前、東のルーク国に宣戦布告した。というのも、彼の父親、先王リチャーズが、ルーク国の策略により暗殺されたのである。そして、二週間ほど前、アルフレッドはルーク国との戦に勝利した。ルーク国の王、ガロン王の首を取り、見事、敵討ちを果たしたのである。
 だが、実に妙である。そのアルフレッド王が、夜間に側近、護衛を一人も連れることなく城を抜け出したのだ。エルヴィアにいる内通者よりその報告があったときは、さすがにシルトも、これは『臭い』、と睨んだ。
 シルトがルーク領内のこの森で息を潜めてアルフレッドの様子を窺っているのにはそうした理由があった。
序章
 
 一人の間者がいた。
 間者は闇夜に溶け込む黒装束に身を包み、深い森の中、降り積もった雪の上を音もなく駆けていた。
 まるで影のよう、亡霊のよう、などというのは月並みかもしれないが、現に夜の森を支配している狐やイタチは、そばを通った間者の存在に気づいていないのだ。もしかすると、森そのものがこの侵入者に気づいていないのかもしれない。
 まるで風そのもののように、木々の間を凄まじい速さで駆け抜け、そして間者は突然、姿を消した。いや、いつの間にか大木の太い枝の上にいた。息を殺し、気配を消し、ぴくりとも動くことなく、まるで獲物を探す梟のように、何かを探しているようである。
 月明かりだけが頼りとなるこの森の中、間者はぎらりと眼を見開き、大木から離れた場所にいる集団を見た。見た、とはいえ、暗闇の中、これだけ離れた場所にいるものを見ているのだ。常人では視認することさえできないであろう。驚異的な視力である。いや、視力だけではない。その驚くべき聴力により、集団の話し声を聞いているのだ。
 間者が見ている方向には見ると、七人の人間がいた。一人の話を聞くように残りの六人が囲んでいるところを見ると、何か話し合いをしているようである。
 間者が監視している集団は、七人とも一様に、鼠色の、フードのついたローブを羽織っている。そして一人残らずそのフードを深々とかぶっていた。
「さて、先の戦における諸君らの功績は素晴らしいものであった」
 と、一人がフードをはずしてからいった。見ると、実に美しく、気品があり、整った顔立ちの青年であった。
 間者は、この青年を知っていた。エルヴィア国の若き王、アルフレッドである。彼は三月ほど前、東のルーク国に宣戦布告した。というのも、彼の父親、先王リチャーズが、ルーク国の策略により暗殺されたのである。そして、二週間ほど前、アルフレッドはルーク国との戦に勝利した。ルーク国の王、ガロン王の首を取り、見事、敵討ちを果たしたのである。
 だが、実に妙である。そのアルフレッド王が、夜間に側近、護衛を一人も連れることなく城を抜け出したのだ。エルヴィアにいる内通者よりその報告があったときは、さすがに間者も、これは『臭い』、と睨んだ。今、間者がこの場にやって来たのにはそうした理由があった。
「諸君らの知恵、力なくして勝利することは叶わなかったであろう。礼を言う」
 実に若々しい声であるが、アルフレッドは空気をはりつめさせるような、まさに王たるにふさわしい強い威厳を持っていた。
「おお、ありがたき幸せにございます!」
「なんと、我々には勿体なきお言葉!」
 などと、フードをかぶった残りの六人が、悲鳴とも思えるような感嘆の声をあげた。
「して、陛下、我ら六賢老(ろっけんろう)をお呼びしたのは、如何な理由にございましょうか?」
 六賢老と呼ばれるこの集団の中で、一人だけ冷静なものがいた。低く、落ち着いた声であった。
「うむ……。実は諸君らに頼みたいことがある」
「なんなりと」
 その言葉を聞いて、アルフレッドは月光を受けて金にきらめく長い前髪をかきあげた。
「……知ってはいると思うが、我が軍のほとんどは、未だエルヴィアに帰還してきていない」
「ルークの残党討伐のため、ですな」
「そうだ。この調子でいけば、この一週間の内に、エルヴィアに楯突こうとするルークの者はいなくなるはずなのだが……。」
 ふうと、アルフレッドは小さくため息をつきながら、うつむいた。長い前髪が流れ、顔にかかった。
「……問題はルークの王族の方だ」
 アルフレッドはかかった前髪を再びかきあげながら言った。
「ルークの王族は一人残らず討ち取ったのでは?」
 フードによって見えないが、六賢老の誰もが不思議そうな顔をした。
「いや、一人だけ取り逃してしまっている」
 と、言葉にすることすら難しいように、苦悩に満ちた表情でアルフレッドは言った。
「ガロン王の娘、リンド姫だ……」
 さあっ、と冷たい風が吹いた。凍てつくような冬の吐息に、しかし身震いするものは一人もいなかった。
「……ノルン城攻めの際、混乱に乗じて逃げおおせたのだ。いや、城から脱出した王族は他にもいたのだが、討伐隊や関所に配置した兵が見つけ出し、全員始末したのだ。だが、リンド姫だけが見つからない」
「なるほど、そこで我らが姫を見つけ出し、始末せよ、ということですな」
「待て。そうじゃあない」
 アルフレッドは慌てて六賢老を制止した。
「リンド姫は、ガロン王に似ず、実に美しい。殺すにはあまりにも惜しい女だ。できれば側室に欲しい」
「……」
「とは言え、敵国の姫君を側室にするとオレが言えば、家臣は黙っていないだろうし、なによりも国王としての体裁のある」
「……」
「討伐隊に、他の王族の時と同様、見つけ次第始末しろ、と命令しているのもそうした訳があるからだ。ゆえに今回の件は秘密裏に進めたい」
「……」
 アルフレッドは女好きではなかった。彼には側室が一人もおらず、妃以外の女と親しく話している姿を誰も見たことがないほどの堅物であった。その彼がこの様な頼み事をするほどなのだから、リンド姫とは相当な美女なのであろう、と六賢老の誰もが思った。
「それともう一つ、問題がある。ルーク四剣士と謳われた、ガロン王の側近、剣豪三人の姿も見つからない。やつらも戦の最中から忽然と姿を消しているのだ。王妃が嫉妬するほどにリンド姫を溺愛していたあのガロン王のことだ。おそらく、敗戦の色が濃くなったときに己の身よりも娘の命をとったのだろうが……」
 ルーク四剣士と言えば、近隣諸国にもその名が知られている。その数々の武功により、彼らの名を聞いただけで誰しも震え上がるほどの剣豪である。そもそも、先王リチャーズがルークを攻めなかったのは、この剣士達がいたからということもあった。それだけに、アルフレッドはこの剣士達の存在に頭を悩ませていた。討伐隊がリンド姫を見つけられないのも、返り討ちにされて一人も返ってきていないからであろうとさえ考えられるのだ。
「なるほど、……ルーク四剣士を始末し、討伐隊よりも先に姫君を無傷でお連れすればよいのですね?」
 六賢老はすぐにこたえた。そして、それを聞いてアルフレッドの表情に輝きが戻った。そうこたえてくれる者がいるとは思ってもいなかったからである。
「できるか?」
「できます」
 六賢老の一人が力強くこたえた。
「分かった。ではこの件は諸君らに一任しよう」
 アルフレッドは度々かかる前髪をかきあげながら、まるで安堵のため息を吐くかのように言った。ルーク四剣士と聞いて怖気づかないその自信にかけてみようと思えるほどに、彼らから強い気迫を感じたのだ。とはいえ、アルフレッドは気になることがあった。
「……しかし、リンド姫たちの行方をどうやって捜すつもりだ?」
「ほっほっほっ。ワシにお任せくださいませ」
 いぶかしげにアルフレッドが首をかしげると、六賢老の中で最も背の低い者が、フードを外しつつ前に出た。
「このワシ、『千里眼のグレア』にお任せくださいませ」
 老婆であった。グレアと名乗ったこの老婆は、しわくしゃの顔を歪めながら、にまあっ、と笑い、わずかに残っている歯を見せた。実に不気味な形相である。両の眼球がなく、ぽっかりと開いた空洞がアルフレッドを見つめていたのだ。その姿は、まるで動いている死体のようでもあった。
「……うっ」
 あまりに醜悪な姿に、アルフレッドは思わず声を漏らしてしまった。
「ほっほっほっ。陛下のような高貴なお方に、このように醜い姿をお見せしてすみませんの」
「……いや、かまわない。……グレアといったな。お前にリンド姫たちを見つけると?」
 にたにたと笑うグレアの姿が見るに耐えないものであったからか、両目がないのにも関わらず自らを『千里眼』と名乗ったからなのか、アルフレッドは鋭い目つきで睨んだ。
「ワシの『千里眼』を持ってすれば、この世界にいる限りどこに隠れていようと見つけ出して見せましょう」
 グレアは自信たっぷりにそういうと、ローブの袂から小さな小瓶を取り出した。そして、小瓶の蓋を開け、ぶつぶつと聞き取れないような小声で呪文を唱え始めた。
 実に奇妙な光景であった。小瓶の口からにゅるにゅると、まるで生きているかのように液体が外に出て、空中に漂い始めたのだ。液体は、ただ宙をさまようのではなく、大きな輪を作った。輪の中心には薄い膜が張られ、液体製の大きな鏡ができた。
「さてさて……、姫君はどこにおるのかのう?」
 グレアがそういうと、鏡にぼんやりと何かが映った。
 茶髪でそばかすだらけの女の姿が映し出された。
 と、女は姿を消し、大柄で毛むくじゃらな男の姿が現れた。
 今度は男が姿を消し、幼い少年の姿が現れた。
 唐突に、鏡に映し出される映像がすさまじい速度で切り替わり始めた。
 アルフレッドはこの様子を、阿呆のようにぽかんと口を開けながら見ていた。すっかり腰を抜かしているようである。
「おお! いましたぞ!」
 グレアが叫んだ。
 見ると、鏡には八人の男女の姿が映っていた。一人の女性の話を聞くように残りの七人がその女性を囲んでいるところを見ると、何か話し合いをしているようである。
 それを見たアルフレッドは、はっと我にかえった。
「おお! 確かにリンド姫だ! 彼女は今どこにいる!」
「ほっほっほっ、しばしお待ちを」
 リンド姫たちを俯瞰していた映像が、さらに高い位置からの視点になり、遂には彼女らがいる建物を上空から捉えた映像となった。それから、視点はその建物の正面へと移動した。
「どこかの宿に泊まっているようでございますね」
「どこの宿か分かるか?」
「ほっほっほっ、しばしお待ちを」
 と、映像が突然、地図に切り替わった。
「これでリンド姫たちの現在位置がわかります。じきにそれが淡い青の点で示されましょう」
グレアが言ったとおり、地図に淡い青の点がゆっくりと浮かび上がった。それを見たアルフレッドは狼狽した。
「ばかな!……一体、なぜ!」
 青い点は、エルヴィアの領内で輝いていた。リンド姫は大胆にもエルヴィアに侵入していたのだ。それもアルフレッドのいる城の近くまで来ているのだ。これにはさすがに六賢老でさえも絶句していた。
 ぼさっ、と積雪が木の枝から落ちた。それまでの三秒ほどの間、一同は沈黙していた。
「……なるほど、連中も考えましたな」
 グレアは静寂を破った。
「どういうことだ」
「連中の現在地より北に二日、あるいは三日ほど行きますと、空船の港があるエルンという大きな街がありますな。航空手形を持たずとも、ここには金さえ出せば生者も死者も国外に運ぶ輩がおりますし、まさかルークの姫君がエルヴィアにいるとは誰も思いますまい。連中の狙いはそれでしょうな」
「ルークに兵を出している分、エルヴィア内の警備は薄くしてしまったのが仇となったか」
「それだけではございません。――見てのとおり、連中の現在置はここより東に、これまた二日、あるいは三日ほどの距離。このまま陛下のお命を奪いに来るやもしれませぬ」
「……ううむ」
 アルフレッドは地図を見ながらうなった。リンド姫たちがエルヴィア領内にいるのであれば、討伐隊に命を狙われる心配はない。しかし、それでも兵を出して捕らえにいくような目立つ行動はできない。とはいえ、六賢老の言うように、ルーク四剣士を自ら相手にする可能性もあるのだから、何もしないわけにはいかない。
「六賢老よ。本当にルーク四剣士を始末できるのであろうな?」
 地図から目を離し、アルフレッドはきっと六賢老をにらみつけた。
「我らの力、信じられませぬか?」
「おれはまだ直に見てはいないからな」
「では早速、この場でルーク四剣士の一人を始末してごらんにいれましょう」
「なに? いくら近くに来ているとはいえ、これだけ離れている相手を殺すことができるのか?」
「いえいえ。何も遠く離れている者から狙わずとも、近くにいるものから始末していけばよいでしょう」
 グレアはくるりと振り返った。
「……のう、ルークの剣士よ?」
 間者の背筋が凍った。グレアの真っ黒な目がこちらを見て、にたりと笑ったのだ。
 間者はすぐさま身を翻してその場から逃げ出そうとした。手に入れた情報をリンド姫に伝えるためでなく、何よりも六賢老に恐れをなしたからだ。
「ハルス!」
「おう!」
 叫び声と同時に、ハルスと呼ばれた六賢老の一人が、大きく口を開けた。
「――っ!」
 人間が出したとは思えないような、恐ろしく高く、実に不気味な音が、彼の口から飛び出した。
間者は聴力が常人よりも優れているだけに、この音で一瞬、めまいを起こした。そのままバランスを崩した間者は、大木から滑り落ちたのだが、まるで猫のように体をひねり、積雪の上に音も立てず着地した。そして逃げ出した。
 間者は闇夜の中を、昨日の吹雪によって積もった雪の上を、音もなく駆けた。
 まるで荒々しく吹きすさぶ風そのもののように、木々の間を来るとき以上の速さで駆け抜けた。
そして間者は突然、動きを止めた。
目の前の光景を信じられなかったのだ。
「これはこれは。剣士どの自らこの場に飛び込んでくるとは」
 アルフレッドと六賢老たちがいた。
間者は、確かに彼らがいた場所とは正反対の方向に進んでいたはずだ。いや、何よりも走った距離からして、少なくとも森を抜けているはずなのだ。
と、間者はすぐさま逃げようと後方に飛んだ。
「これこれ、剣士どの。どこへ行かれる?」
 ハルスはそういうと、再び大きく口を開け、あのおぞましい音を出した。
 その音を聞いたと同時に、間者は何かに背を強くぶつけ、倒れそうになった。
 振り返ると、巨大で頑丈そうな壁が辺りを囲っていた。
「ほれほれ。このワシ、『幻術のハルス』から逃げることはできませぬよ」
 そういって、ハルスはフードを脱いだ。猿のような顔をした初老の男であった。
 その言葉を聞いて、間者はハルスのほうに向きなおった。見ると、間者と六賢老たちの間に、一体いつの間に現れたのか、底の見えない、それこそ地獄まで続いていそうな地割れが現れていた。
 ハルスはにたりと不敵な笑みを浮かべると、また口を大きく開けた。
 ハルスがそうするよりも先に、間者は腰に差していた短刀を抜いた。そして、月明かりを反射させる刀身を、自らの胸に向け、突き刺した。
 と、先ほどまであった壁や、地割れが、消えた。
「……陰影の剣士、シルト、……我は影、半身に過ぎぬ」
 そういい残し、四剣士が一人、陰影の剣士シルトはその場に崩れ落ちた。
「ああ!」
 アルフレッドは思わず叫んだ。
 シルトの体が、月光によってできた木の影の中に沈んだ。いや、溶けていった。
 すぐさま六賢老が駆け寄ったが、すでにシルトの死体は消えていた。







今読み返すと、荒いなあ、というのが率直な感想
思いきり山田風太郎先生の影響を受けているし
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